「ランボが死んだ」
淡々と告げられたその言葉で、僕の体中の血が凍った。
あといくとせを、
「雲雀さん、雲雀さん」
「何度も呼ばなくても聞こえるよ」
ふわりと葡萄の香りがして、くすりと顔をほころばせた。
ランボがグレープジュースを片手に、嬉しそうに僕に話しかける。
翡翠の瞳が柔らかく僕を捕らえて、はにかんで笑った。
「あ、雲雀さんも飲みますか?」
「いらないよ。そんな甘いもの。」
「美味しいのに…。ねぇ、雲雀さん」
笑っている君を見る度に思うこと。
あといつまでその笑顔を見れるのか。
職業柄何時死ぬかわからないこの世界で、あとどれくらい?
こんなにも 終わりが早く来るなんて
冷たい声色が紡いだ言葉は僕の中に音として響く
(……ランボ)
名前を 呼ぼうと勝手に唇が動いた。
けれど声は出てこない。
名前を呼べば君は来てくれたのに
あのはにかんだ笑顔で笑って 嬉しそうに
嬉しそうに
「雲雀、お前に後任を頼みたい。」
「構わないよ、リボーン。」
(最初から僕に任せてくれればよかったのに)
そうすればきっと あの子を失う悲しみなんか知らずに済んだのに。
あぁでもそうすると、あの子がこの悲しみを知ることになるのか。
どちらがいいのか 僕にはまだわからない
「雲雀さん」
詳細を記された書類を受け取って、部屋を出ようとしたときに呼び止められる。
振り向くと、家庭教師の隣で泣きそうな顔で立っている綱吉の顔が目に入った。
「何?」
「俺、今初めてわかりました」
「何が」
「今まで、ずっと俺、雲雀さんは悲しむことなんか知らないと思ってた」
それは当たってるよ綱吉
僕は今まで悲しみなんてものには縁が無かったし きっと知る必要もないと思っていた。
今でも知る必要はないと思っているけれど 思い知らされることもあるだなんて
「それがどうかしたの」
「………今の雲雀さんの顔、ランボが見たら一緒に泣き出しますよ」
一緒に、って何。僕は泣いてなんか無い。
視界はいたって良好だし、君のように鼻をぐずらせても居ない。
馬鹿じゃないの。と一蹴して、部屋を出た。
(一体 僕はどんな表情をしているんだろう)
ふと、窓に自分の顔が映っていることに気が付いた。
一瞬足を止めて、そして
(…ワオ、滑稽だ)
自嘲気味に唇を吊り上げる。
そこには見たことも無いほど覇気のない表情をした自分が居た。
いや、きっとこれは自分じゃない。自分じゃない、誰かだ。
そう思うほどに
(せっかく狩りにいけるのに高揚も狂気も感じない)
いつもならば体中に抑えきれないほどの熱を感じるというのに、今はどうだ?
まるで血が凍ってしまったかのように冷え切っている。
頭の芯まで しびれるほどに
どうしたら君にもう一度会える?
はやく、君に会いたい
そういえば、大嫌いな霧のヤツが輪廻だのなんだのと言って居た気がする。
誰もが生まれ変わるのなら
(……何時まで?)
いつまで生き続ければいい?
寿命まであと何年?
ああ まさか僕がこんなことを考えるようになるなんて
君が居ないと生きていても意味がないように思えるんだよ
あの陽だまりのような心地よさを知ってしまった今は
+++
「君たち、弱すぎるよ」
ランボの後を任せられ、早速現場で狩りを始める。
群れるばかりで力の無い草食動物を咬み殺す。
いつもならば喜びを感じるのに、指先までしびれているようだ。
ふとその時、遠くから自分を狙撃する影が見えた。
(今時銃なんかで僕を殺せると思っているの?)
なんて滑稽な奴等なんだ。
そう思ってトンファーで弾こうとした瞬間
(もしも あたったら)
(はやく きみにおいつける の)
一瞬 本当に一瞬だけ身体から力がぬけた
その一瞬が命取りになるのだと、いつも知っていたのに
銃声が響き なにかが身体に入った感覚がした
(さっさと死んでしまえばいい)
(きみにあえるなら)
(きみ が いるところに いけるなら)
おなじばしょでしんであげる だから
『 』
その時、身体が熱を取り戻した気がした。
急激に意識が覚醒する。
痛みを認識すると同時にその箇所に血液が集まる感覚がした。
腹部を押さえてトンファーを振るう。
今が好機、とばかりに襲ってくる輩を片っ端から潰していく。どくどくと 脈打つ心臓
体中に感じる高揚
これは まるで
『雲雀さん、俺、雲雀さんが大好きです』
「………僕もだよ」
自分以外誰も立つ人のなくなった草原で、ぽつりと呟く。
幽霊なんてものの存在を信じる気はさらさらないし、かといって幻覚だとも思えない。
左胸に手を当てると 聞こえるのは 思い出すのは
きみとすごした日々
「……君がいるなら、もう少し生きていてもいいかもね」
トンファーを振って血を飛ばし、口元から伝う血を親指で拭った。
しきりになる携帯電話を取り出して、通話ボタンを押す。
《雲雀さん、生きてますか?》
「残念ながら、生きてるよ」
《残念ながらってなんですか……》
「君こそ。僕が死ぬとでも思ったの?」
《……ランボの後を追うんじゃないかって、リボーンが言うもんですから。》
「ボスのクセに心配性なの?早死にするよ綱吉。」
《……全然元気そうですね。そのまま歩いて帰って来てください。》
「ワオ……まさか君が僕にそんな事を言うなんて、偉くなったね綱吉」
《偉いんです!ボスですから!》
ブツッ、と音を立てて電話が切れた。
腹部を適当に止血して、溜息を付いて歩き出す。そのたびに どくん どくんと
(胸 に きみがいる なんて言葉は幻想だとおもってたのに)
あといくとせ、きみをまたせるかわからない
けれどかならずむかえにいくよ だからもうすこしだけ まってて