雲雀さんはいつも凛として背を伸ばし、真っ直ぐに前を見て歩いている。
そんな雲雀さんの背中に憧れて、俺はいつもその背中を目で追ってしまう。
(やっぱり、カッコイイなぁ……)
初めて雲雀さんを見た時とは、少し印象が変わっていた。
最初の頃、つまり俺が子供の頃は怖くて仕方が無かった雲雀さんが、今は尊敬の対象になっている。
人生何がどうなるなんて、予想できるもんじゃないなぁ、なんて思っていた。
雲雀さんとボンゴレは、ある意味対極の存在にいると思っている。
雲雀さんは人一倍プライドが高く、まさに孤高の人であり、唯我独尊という言葉がとても似合う人物だ。
群れるのが嫌いで単独行動が好きで、そのわりに小動物は好きだなんて少し矛盾したところもあるけれど、そこがかわいいなんて言ったら多分咬み殺される。ボンゴレは人一倍泣きやすい。多分俺と同じくらい涙もろいんじゃないだろうか。
そして傷つけあうことが嫌いで平凡な暮らしを望んでいる。
優しさを全面に押し出して、つらそうな顔で戦うボンゴレを見るたびに、何故か俺まで悲しくなってしまったりする。
この二人は俺の尊敬すべき人のトップにいる人たちで、特にボンゴレには子供の頃からとてもお世話になっている。
もっと役に立ちたいとは思うのだけれど、守護者の中で最も実力の無い俺は脚を引っ張ってばかりだ。
そして力の関係上、俺と雲雀さんは同じ任務に回されることがとても多い。
もちろん雲雀さんが協力することを渋々承諾した任務に限るのだけれど。
「……また、君?」
「よろしくお願いします……。」
頭を下げて、消え入りそうな声で挨拶をする。
雲雀さんは眉間に皺を寄せて、とても不機嫌そうな面持ちだ。
それでもボンゴレに与えられた任務だから逃げられない。
怖いのか悲しいのかわからないけれど、とにかく雲雀さんが不機嫌なことで俺はとても泣きそうになっている。
「が・ま・ん……ッ!」
「それ、口癖なの?前からブツブツ言ってるよね」
「えっ、あ、そ、そんな感じです」
眉間を押さえて何時ものおまじないを唱えていたのを聞かれたらしい。
慌てて答えると、「ふうん。」と返事が返ってきて、雲雀さんはまた真っ直ぐ歩き出した。目的地は、キャバッローネのボスのディーノさんとの待ち合わせの喫茶店。
何故か雲雀さんは車で行こうとはせず、歩いていくことにしたらしいので、俺も合わせて歩いて向かう。
草壁さんが着いて来たいと申し出たが、雲雀さんはこれ以上群れたくなかったらしく、鋭い視線でそれを諌めた。会話も無く、黙々と歩く。
雲雀さんの歩幅が俺よりも広い上に足早なので、俺は自然と同じ歩数でも少しずつ間が開いてしまう。
慌てて小走りで隣へと追いつくけれど、また少しずつ間が開いていく。
元々雲雀さんは誰かと歩幅を合わせるなんてことはしないし、俺が頑張るしかないんだけど。
(……なんか、いつも置いていかれてばかりだ。)
たったの3歩程度の、雲雀さんとの間。
これがまるで、俺と雲雀さんの間にある心の距離のような気がしてくる。
そういえば、ボンゴレが雲雀さんと歩く時は、ちゃんと並んで歩いていたっけ。
(身長の差はあった…のに)
雲雀さんが歩く速度を抑えているのか、ボンゴレの足が速いのかはわからないけれど、あの二人には距離がない。
少しずつ離れて行く雲雀さんの背を見ながら、俺とボンゴレの違いを考えてしまう。
もちろんボンゴレは素晴らしい人で、優しくて強くて、俺なんか足元にも及ばないことはわかっているんだけど、そうじゃなくて。
(俺は雲雀さんと、ボンゴレみたいな関係にはなれないのは分かってる。だけど、俺だって)
あの隣に並んで歩きたい、と思ってしまった。
ボンゴレの隣になんてとても立つことはできないと思っているのに。同じ、尊敬している人のはずなのに
(……なんで俺、雲雀さんの時ばっかり、こんな)
悶々と、考えだけが先走る。
もしかして俺が雲雀さんに抱いてる感情は、尊敬とは違うのかもしれない。
その答えに辿り着いた時、前を歩いていた雲雀さんが足を止めて振り返った。
「……君、どうして僕と歩く時だけ無口になるんだ」
「え?」
「綱吉や家庭教師といると、五月蝿いくらい喋ってるくせに」
何故か雲雀さんはとても不機嫌そうで、俺のせいかもしれない、と思うような言葉が飛んできた。
だけどその内容は、とても雲雀さんらしくないもので、俺は耳を疑ってしまう。
「……俺と、話したかったんですか?雲雀さん」
「誰もそんな事言ってないだろ」
とても苛立っている様子の雲雀さんは、俺を睨むとまた前を向いて歩き出してしまった。
どうして雲雀さんが怒っているのか分からないし、相変わらず歩幅を考えてくれないから折角詰まった距離もまた開き始めてしまう。
だけどその背中は、さっきよりも近いような気がして。
(………あれ?)
ふと、雲雀さんが道の中央を歩いていないことに気がついた。
いつも廊下ですれ違う時は、真ん中を堂々と歩いているのに、今日は僅かに右にずれている。まるで、左隣に誰かが歩くのを見越しているような
「………ッ!」
思い上がりかもしれない、馬鹿じゃないの、なんて一蹴されてしまうかもしれない。
それでもこれは俺が自惚れるには十分な程、嬉しくて仕方が無い事だ。
ドキドキと鼓動が五月蝿くて、居ても立ってもいられなくて、走って雲雀さんの隣に並ぶ。
ちらりと雲雀さんから視線が送られて、身体をすくめたけれど、雲雀さんは何も言わずにまた視線を前に向けた。
ほっとして息を吐いて、今度は俺が雲雀さんを見上げてみる。
どこか満足したように、小さく笑っているように見えたのは、きっと俺の欲目のせい。
ゆらゆら とおくかすむそのせに