ああ、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

ぐっすりと眠る大好きな人を前にして、俺はオロオロと慌てることしか出来なかった。

慌てふためいて、導いた結論は出来る限り起こす時間を後に延ばすこと。

つまり、騒いだり物音を立ててはいけないという事だ。

この人は埃が落ちる音でも眼を覚ますんだから。

 

「何、慌ててるの」

「うわぁあああ」

 

パチッと眼が開くと同時に呟かれた言葉に驚いて、思わず間抜けな悲鳴を上げてしまった。

それが気に食わなかったのか、雲雀さんは目を細めて俺を見る。

 

「何。」

「いや、その、あの」

 

布団という日本のベッドの上から飛びのいて、どうしようと眼を泳がせる。

その間に雲雀さんは身体を起こし、枕元においてある水を飲もうとしていた。

 

「だっ、だめです!」

「……どうして?」

「あ、あの……と、とにかく駄目です!」

 

俺の声に、雲雀さんがぴたりと動きを止める。

探るような眼で俺を見て、雲雀さんは眉根を寄せた。

 

「ランボ。」

「はい………」

「何か、したの?」

 

雲雀さんは溜息を付きながら、水を取ろうとした手を引っ込めた。

その声色に呆れが微妙に含まれてはいるものの、とても優しいもので、俺を気遣ってくれたのだと直ぐにわかった。

だからこそ、とても心苦しくて。

ああ、俺はなんて事をしてしまったんだろう。

 

「ごめんなさい、雲雀さん……俺……」

「……怒らないから、言ってご覧」

 

雲雀さんに座るように促されて、布団の横に腰を下ろす。

すると、雲雀さんの手が俺の頭をふわりとなでて、髪の毛を梳いてくれた。

気持ちよくて、ちくちくと罪悪感が募って。

 

「……写真、とっちゃいました。」

「写真?」

「……珍しく、俺が来ても寝てたから……携帯で、ぱしゃっ、と。」

 

コレです、と言って、俺の携帯の画面を雲雀さんに向ける。

それは、雲雀さんがすやすやと気持ち良さそうに眠っている姿。

腕には牛のぬいぐるみを抱いて。

 

「………何、コレ。」

「そ、そのっ、偶然持ってきてたんで、ちょっと抱かせてみようかなー…なんて思って、そしたら雲雀さん起きないし、なんだか可愛いしでその……ご、ごめんなさい!!」

 

正座して頭を下げる。確か、土下座と言うはず。

自分でも間抜けな理由だとは思うが、この人は人一倍プライドが高い。

ぬいぐるみを抱いて寝たところを写真にとられるだなんて絶対に許さないはずだ。

なんて言われるかわからなくて、怖くて、顔を上げられないでいると、雲雀さんの手が俺の頭をやさしく撫でた。

 

「……もっと酷いことかと思ったら……」

「え……お、怒ってないんですか?」

「最初に、怒らないって言ったよ、僕は。」

 

顔を上げて雲雀さんを見ると、ふう、と溜息を付いて、水に手を伸ばそうとしていた。

しかし直前でピタリと止まって、雲雀さんは俺に目を投げかけた。

 

「……ところで、なんで水を飲んじゃいけないの?」

「あ、それは……さっき、そのグラスを使って俺が水を飲んじゃったんで……」

 

間接キスになると思ったら、恥ずかしくて目の前で飲んで欲しくなかった。と最期まで続けることはせず、視線で訴える。

多分、雲雀さんは気付いてくれたんだろう。

口の端を吊り上げて、にやりと笑った。

 

(……ん?にやり?)

 

いやな予感が走った時、雲雀さんはそのグラスに水を注ぎ、ためらいも無くごくごくと飲み干した。

 

「あーっ!!!」

「何?」

「い、今言ったじゃないですか!!」

「ああ、間接キスになるって?いいんじゃない?別に僕は気にしないよ」

「俺が気にするんです!」

 

顔に熱が集まるのを感じて、きっと赤くなってるんだろうなぁとぼんやりと思う。

雲雀さんは意地悪な笑顔のままで、俺を見ていた。

 

「ああ、さっきの写真は消しておいてね。」

「……はい………」

 

携帯を操作して、さっきの画像を消す。

少しもったいない気もするけど、またチャンスはあるかもしれない。

今度はばれないようにしよう、と心の中で想いながら、ふとさっきの雲雀さんの台詞を思い出した。

ふわりと疑問が浮かび上がって、雲雀さんにその質問を投げかける。

 

「あの、雲雀さん。」

「何?」

「俺がやったかもしれないもっと酷いことって、なんですか?」

「ああ……書類にコーヒーをかけたとか、僕のグラスを割ったとか……あとは、僕と別れたい、とかかな」

「え。」

 

前者はありえることだけど、後者は絶対に無いと断言できる。

というか、雲雀さんがそんな事を選択肢に入れているとは思わなくて、ぽかんと口を開けてしまった。

 

「あ、ありえません!俺が雲雀さんと別れたいなんて、絶対に言わない!」

「そう?よかった。」

 

雲雀さんは表情に不安の色を一つも見せずに、クスクスと笑った。

からかわれただけなのか、それとも雲雀さんは本気だったのか、なんだかわからなくなってくる。

 

「……もしも、俺が別れたいって言ったら、どうするんですか?」

 

怒って、殺すかな。

それとも、あっさりと解放してしまうんだろうか。

もしかしたら、監禁されるかも。

なんて物騒な事を考えたが、雲雀さんの答えはどれでもなかった。

 

「少し迷うけど……そうだね、多分別れるよ。」

「……どうして」

「君がそうすることで幸せになれるなら」

 

その時唐突に理解した。

何処か幸せそうに笑う雲雀さんを見て、思う。

 

(ああ、この人は俺にとことん甘いんだ)

 

きっと、書類にコーヒーを零していたって、グラスを割っていたとしたって、雲雀さんは本気で俺を怒ることはしないんだろう。

いくつか学習しろ、などと皮肉を言われるかもしれないけど、この人は俺を泣かせるようなことはしないという確信ができた。

この人らしくないことだとわかっていたけれど、それは俺と一緒に居る事で変わった部分なのかもしれないと思うと、無性に泣きたくなった。

 

 

 

きずつけたくないだいじな