真っ暗な空間が広がっていて、自分の足元すら定かじゃなかった。

 

(……夢?)

 

ぼんやりと、広がる闇の中で辺りを見渡して至った結論。
靴なんかはいてるし、何より現実にはありえない。

 

(確か、こういうの覚醒夢って言うんだよね)

 

雲雀さんに教えてもらった事を思い出して、思わず顔をほころばせた。

それにしても寒いな、と思って腕をさする。
寒さも感じるなんて、やけに鮮明な夢だ。

暗闇だなんて不吉だし、とてもココに居たくない。
光は無いのかと思って辺りを見渡すけれど、何も無かった。
不安でしょうがなくて、さっきも思った人をもう一度思う。

次の瞬間、背後から急に引っ張られた。

 

「えっ……」

 

誰に、と思って確認するより先に、バランスが狂ってそのまま倒れこんでしまう。
今立ってはいるものの、この闇に倒れこんで、落ちてしまわないのだろうかと思ってゾクリと肌があわ立つ。

 

「雲雀、さ」

 

思わず助けを求めて手を伸ばすと、その手を誰かの白い手が握った。
それと同時に背後を支える存在が現れて、俺は驚いて声を飲む。

 

「何、ランボ」
「……ひばりさん」

 

夢に知人が出てくるとき、それは自分自身がその人に会いたいからだと言われている。
それに、夢は願望の現われとも言うし、俺はこんなに雲雀さんに会う事を望んでいたのか。
恥ずかしくて顔が見れなくて、前を向いたままで俯くと、俺の頬に雲雀さんの手が滑った。

 

「ランボ」
「……ッ…!」

 

耳元で囁かれて、先ほどとは違った意味でゾクリとする。
どくどくと鼓動を感じる気がして、恥ずかしくてしょうがない。

 

(お、俺、こんなこと望んでたの…!?)

 

今、現実では雲雀さんは二泊三日で日本に帰っている。
会えないから会いたいと望むのはわかるけれど、こんなことを望んでいるとは思わなかった。
するっと雲雀さんの手が滑って、俺をゆるく抱きしめる。

 

「ひ、雲雀さん…」
「ランボ」

 

耳をカリッとかまれて、びくっと身体を揺らした。
雲雀さんはいつも「咬み殺す」と言うけれど、本当に咬み殺されてしまいそうな錯覚を覚える。
目を覚まさないと、と思ってぎゅっと目を瞑るけれど、覚醒はしてくれなかった。

 

(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!!!)

 

ばくばくと心臓が鳴り響いているのが空間に響いているようで、顔に熱が集まるのも分かる。
くるっと身体を反転させられて、雲雀さんと向き合う形になる。
雲雀さんの綺麗な顔と目が合って、俺は恥ずかしくて目を逸らす。

ふと、ここで思ったのは、どうせ夢なのだから思い切りやりたいようにやればいいんじゃないか?ということ。

 

(………ど、どうせ夢だし……雲雀さんに気付かれなきゃ大丈夫…なはず……)

 

恐る恐る雲雀さんに抱きつくと、雲雀さんは優しく抱きしめてくれた。
もっと強く抱きしめて欲しくて、腕に力を込める。

 

(……現実じゃ、絶対できないなぁ……)

 

優しく名前を呼んでもらって、こんな風に甘えさせてくれるなんてこと、多分二度と無い。
そう思うと少し寂しくなるのと同時に、この時間をもっと長く味わっていたくてもっと強く抱きついた。

 

「……苦しいよランボ。」

 

宥めるように髪を弄られて、ああ、なんだか本物の雲雀さんみたいだなぁとぼんやりと思う。

雲雀さんは俺の髪をいじるのが好きらしく、手が届けば直ぐに指先で玩ぶ。
それを嫌がるフリをしながら、本当は凄く嬉しいのを隠してる。

でも、夢だし、素直に言ってみようかな

 

「ん……気持ち良いです、雲雀さん」
「…………」

 

一瞬髪をいじる手が止まった後、小さく笑う気配を感じて、またくりくりと髪を指に絡め出した。
嬉しくて、幸せで、ソレと同時に虚しくて。

 

(夢じゃなかったら良いのに)

 

目を覚ましたら、本当に雲雀さんがこうしてくれていたらいいのに。
でも、本当なわけが無くて、哀しくて涙がこみ上げてくる。
必死で泣かないように抑えていると、頭に一瞬温もりを感じた。

 

「雲雀さん?」

 

顔を上げると、雲雀さんがくすりと笑って俺の頬に手をかけた。
くっと顎を持ち上げられて、キスされると思って目を閉じる。
すると、少しの間のあと唇に温もりを感じて

 

(やっぱり、好きだ。すっごく好き)

 

俺はこの人の事が好きで好きでしょうがないんだと、再認識した。

 

 

 

+++

 

 

「………まだ寝ぼけてるの?ランボ」

 

クスクスと笑って、ぽーっとして僕を見るランボの頭を優しく撫でる。
帰って来て直ぐ抱きつかれたときはどうしようかと思ったけれど、素直なのも珍しい。
夢だと思っているならそのまま素直なままで居てもらおうと思ったが、流石にココまでしても寝ぼけていられるのはつまらない。

目が覚めたら終わりだと思っているんだろうから。

 

「もっと……してください」

 

ぎゅう、と僕に縋りつく腕が愛おしい。
僅かに焦点のずれた翡翠の目が、ぼんやりと僕を捕らえている。
早く目を覚ましてくれないと、困る。

 

(このまま食べられても知らないよ)

 

心の中で呟いて、可愛らしい唇にもう一度キスをした。