今は何時だろうと思って、書類から顔を上げて時計を見た。
デジタル時計は23時を表示していて、小さく溜息を付いて書類を机の上に投げた。
ぎしりと椅子を軋ませて、凝り固まった身体をほぐす。
長く息を吐き出して、かれこれ7時間ほど机に貼り付けだった身体を動かそうと、立ち上がった。
ボンゴレのボスの綱吉は、本当に仕事が出来るようになっているのだろうか、と思って眉根を寄せた。
着任当初からまったくと言っていいほど、自分に回される仕事は減っていない。
それどころか、最近多くなってきたんじゃないかと思う。
おそらくあの家庭教師の赤ん坊が、イタリア語になれさせようと通訳をなしにしたのが原因だろう。
「失礼します、雲雀さん……」
不意に控えめにされたノック音と、その後に聞こえた震えるような小さな声に思わず胸が跳ねた。
どくどくと急に心臓が脈打つのを感じて、落ち着くように自分に言い聞かせる。
らしくもないと自覚しながら、できるだけ静かな声になるように意識して呟いた。
「いいよ。入って。」
いつもどおりの声が出て少しばかり安堵する。
一瞬の間の後、きい、と扉が軋んでわずかに開いた。
こんなにももどかしいと感じたのは初めてかもしれない。
ひょこり、と顔を出したその子を見て、やっぱりと思うと同時に喜びがこみ上げてきた。
「何、ランボ。」
「あ、あの…ボンゴレに、書類を貰ってくるようにと……」
緊張気味に背を伸ばすその子を見て、思わず口角を吊り上げた。
それに気付いたらしいランボは、少し顔を赤くする。
そういう反応に、僕がどれだけ興味を注いでいるかも知らないで。
「そこにある書類、全部持って行って。」
「え……こ、コレ全部終ったんですか!?」
「そうだよ。」
扉の脇に積んでおいた書類の束を指差すと、驚いてランボは翡翠の目を見開いた。
床からランボの膝ほどまでつんである書類が、15束。
流石に7時間も机に貼り付けになっていれば、その程度は終るだろうに、ランボは信じられないといわんばかりの表情で僕を見た。
その目に、僅かな尊敬の色を見つけて僕は思わず目を細める。
嗚呼 愛おしい
「えと…い、一回じゃ持っていけないです…」
「じゃあ何回か来て運んでよ。まだ書類があるから、僕は手伝って上げられない。」
「はい……だ、大丈夫です!雲雀さんの手は煩わせませんから、俺一人でがんばりますから!」
手伝う機会を失って少し残念に思うものの、焦っているランボを見るだけでそれは満たされた。
ランボは少し考えた後、二束ずつ持っていくことに決めたらしく、唯でさえ高い書類をさらに高くし、重くなったそれを必死の思いで持ち上げた。
本気で持ち上げているのが丸分かりな程、顔が真っ赤になっている。
「じゃ、じゃあ、あと…えーと、7回来ます!」
「うん。次からはノックはいらないから。」
「はい、わかりました!」
そういうと、ランボは部屋から出て行ってしまった。
この部屋から温もりが一つ減ったことに虚無感を感じて、浮かべていた笑みを引っ込める。
もしも 彼に愛おしいと告げることができたなら、この虚無感も消えるのだろうか。
そんな馬鹿げたことを思って、自嘲気味に鼻で笑った。
たとえ言ってしまえたとしても、直ぐに後悔するだろう。
あの子は自由に笑っていてくれればいいのだ。
無理に自分に縛り付けて、怯えて、泣かせるよりもはるかにいいじゃないか。
(……一人が悲しいと感じるなんて)
彼と一緒にいる時間を思うと、今こうして一人で居る事がとても哀しいことに思えてくるのだから 不思議
こどくをはきだして
再びペンを取ると同時に彼が戻ってきて、僕はまた嬉しくて思わず笑ってしまうのだ