「何、君。」
「がははは!!ランボさんだもんね!!」

 

この動物、どうやって始末しよう。

 

 

 

いまわしいほどに

 

 

 

「なーなー、遊ぼうよー。」
「五月蝿い。」

 

応接室に入ると、牛柄の服を着た子供がソファーで暴れていた。
名前を聞けば、五月蝿い笑い声が返って来て苛立ちを覚え、思わず愛用の武器を手に取る。
が、群れているわけでもないし、さっさと追い出せばいいか、と思いなおして武器から手を放した。

 

(……とはいえ、本当に五月蝿い。)

 

ソファーから下ろそうと首根っこを引っつかめば、遊んでもらっていると勘違いしてはしゃぎだす。
イラッときてそのまま手を放して、完全に放置しているのだが。

 

(さっさと帰ればいいのに)

 

いつまで経っても部屋から出て行く様子が無い。
寧ろ、仕事をする僕の周りをちょこまかと動き回ったり、こうして話しかけてはちょっかいを出してくる。
うざったい、というのだろうか。

 

「ねぇ、いい加減にしないと咬み殺すよ」
「ぴぎゃっ!?」

 

脅すように低い声で呟き、睨みつければ、小さな悲鳴を上げて縮こまった。
その姿を見て少し気分が軽くなり、さっさと仕事を終わらせようとペースを速める。
が、視線が外れたことで気が強くなったのか、子供は大きな声で叫びだした。

 

「俺っち、いいもん持ってるんだもんね!」
「……………」

 

ペンを持つ手がミシッと軋む。
苛立ちが募る。五月蝿い。

 

「じゃーん!ブドウの飴ー!」
「………………」
「いいだろー、でもあげないもんね!俺っちの宝物なんだもんね!」

 

誰も欲しいと言った覚えは無い。
ペンが軋み、あと少し力を入れれば折れそうな気がする。
いっそ折ってしまいたいと思うほど、苛立ちは最高潮に達していた。

 

「……いい加減に黙らないと、咬み殺す…」
「ぴっ!?」

 

また悲鳴を上げて、泣き出しそうな顔をする子供に対する苛立ちは、ついに我慢の限界を超えた。
バキッと折れる音がして、気が付いて持っていたペンを見れば、折れて中のインクがあふれ出している。
が、それに赤色が混ざっているのは。

 

「……………刺さった。」
「うひゃっ……」

 

溜息と共に、インクをティッシュで拭い去れば、人差し指の付け根にプラスチックの破片が刺さっていた。
そんなに力を入れたつもりは無かったのに。

破片を抜いて、傷口をティッシュで拭っていると、さっきまで怯えていたはずの子供が、恐る恐る近寄ってきた。
ちらっとその子供を見やると、先ほどとは少し様子が違う。

 

「………何?」
「なぁ、お前、痛くないの?」

 

傷口を見ながら、子供が呟く。
少し苛立ちの含ませて声を掛けたのに、それにも気付いていないようだ。
けれど表情は怯えていて、そんなに怖いならさっさと出て行けばいいのに、とぼんやりと思う。

 

「少しね」
「血、一杯出てる……」

 

興味津々、と言った様子でもなく、寧ろ泣きそうな顔で自分の手の傷を見ている。
よくわからない子供だ、と思いながら、血が止まったのを確認して、別のペンを取り出した。

 

「あり?手当てはしないの?」
「別に。こんなのする手間も惜しいよ」

 

仕事が溜まっていて、この程度の怪我でいちいち保健室なんかに行きたくはない。
そもそも、放置しておけばすぐに治るような怪我だ。
それはこの子供だってわかっているだろうに。

 

「なぁなぁ」
「?」

 

くいくい、と机に置いていた左手の袖を引っ張られて、視線を書類から子供に向ける。
その目は真っ直ぐ僕に向かっていて

 

(……緑の目……)

 

大きくて、そのまま零れてしまうのではないかなどと、一瞬馬鹿な事を思った。
ふと我に返ると、目の前にブドウの柄の紙で包まれた、一つの飴玉が差し出されていた。

 

「何?」
「あげる。」

 

それを受け取ると、子供は安心したように微笑んだ。
そして机の上から飛び降りると、さっさと応接室から出て行ってしまった。

 

(…………何、これ)

 

自分の掌の上に乗っている、小さな飴玉を見る。
確かこれは、宝物だと言っていたもののはずだ。
今まで貢物を貰ったことはあったが、そのどれよりも一番小さなもの。

なのに

 

(…………………?)

 

飴玉を指先で転がしながら、この気持ちは何かを考える。

先ほどまであの子供に感じていた苛立ちが一切無い事を不思議に思っていた。

 

 

 

 

 

いとおしい