「…ん。了解。………え?それも作んの?めんどくせーな………ったく」

 

マスターが珍しく長電話しているのを、アイスを食べながら眺めていた。

 

 

 

壊れるほど貴方を

 

 

 

「マスター、珍しいですね。」
「何が?」
「いつも、電話自体あまりしないのに…今日は三十分も話してましたよ」

 

時計をちらりと見ながら、電話を終えるなりパソコンに向かい合ったマスターを見てぼやく。
カップアイスは見るともう一口分しか残ってなくて、けっこうゆっくり食べてたのに、とぼんやりと思った。
マスターは頭を掻くと、金は相手持ちだからいいんだよ、と小さく呟いた。

 

「……何してるんですか?」
「曲作ってる。……さっき電話で頼まれたんだよ」

 

めんどくせぇ、とぼやきつつ、マスターの手は止まることなくキーを叩いている。
マウスを使うのが面倒だと、マスターはいつもショートカットキーのみでパソコンを弄る。
時々マウスも使うけれど、基本はキーボードだけで、凄く早くキーを叩くから、見ていると目が回りそうになる。

 

マスターが、曲を作ってる

 

俺以外に

 

「……そうですか。早く終わるといいですね」
「…それ、早く終わらせろって意味か?」
「いえ。面倒なことなら、早く終わったほうがいいじゃないですか。」

 

キーを叩く指を止めてこっちをじとっとした目で見るマスターに、俺はにこっと微笑んで返した。
少し顔を合わせた後、諦めたようにマスターが溜息をつき、再びディスプレイに向かってキーを叩く。
歌はどうやらアップテンポのもののようで、時々試すように少しだけ流しては、ぶつぶつと何かを呟きながらマスターは曲を弄っていた。

 

ああ、面白くない

 

「…マスター。」
「んー?邪魔だから肩に手ェ置くな。」
「酷い、マスター。肩が凝ってそうだから、マッサージしてあげようと思っただけですよ」
「………これ、作り終わったら頼む。」
「わかりました、マスター。」

 

優しい俺のマスター。

俺だけの、マスター。

いつだって人を本気で傷つけるような言葉を言わない人。

 

だから、時々誤解する人が出てくるんだけど

 

その辺自覚してくれたらいいのに、と、マスターを見て目を細めた。

だってそうじゃないですか、マスター。

貴方と一番長く傍にいるのは俺なのに。

他の人は、たった数時間貴方と話しただけで、貴方の事を理解した気になって

貴方が優しい人だって、言うんですよ。

 

どうしてマスターが優しいのか、皆は知らないのに

 

俺だけが、知ってる

 

 

「…っし、終わりっと」

 

タン!と、突然マスターが強くキーを叩いた音で我に帰った。
また一人で思考を先走らせてしまった。
くる、とマスターが振り向いて俺を見る。

その目に映ってるのは、俺だけ

 

「カイト、マッサージ。」
「はい、マスター。」

 

マスターが俺の手を引いて自室のベッドへと導いてくれる。
ふと俺の手を握るマスターの手に傷があることに気付いて、眉を寄せる。
また、俺の知らないうちに怪我をしている。
気を緩めすぎなのか、それともただ不注意が多いだけなのか。
どちらにせよ、マスターは一人で外は歩かせられないな、と思って、一人で勝手に納得した。

 

「ん。」

 

ごろん、とマスターがベッドにうつぶせになる。
俺はマスターの身体をまたぐようにして、ベッドに乗った。
ぎし、とベッドが音を立てて軋む。

 

「じゃあ、行きますよ。」

 

マスターの肩に手を置く。
ああ、暖かいマスターの体。

肩甲骨の辺りをぐっと押すと、バキッと音がした。

 

「………マスター、痛くないですか?」
「ん。寧ろ気持ち良い。」
「……背骨曲がってるんじゃないですか?」
「かも。」

 

続いて、肋骨に沿って、背中を伸ばすように力を入れて押すと、再びベキッと音が鳴った。
マスターを傷つけることは本意じゃないから、痛くないかどうか様子を見ながら背中を押す。
押すたびに鳴る、マスターの背中。
……怖い。

 

「あの、マスター、本当に大丈夫なんですか?」
「全然平気。」

 

もっと強くてもいいよ、と付け足すマスター。
なんとなく、マスターは痛みに鈍い人のような気がしてきた。
でもマスターがそういうなら、と、次からは先ほどより力を入れてマスターの背中を押す。
ん、と時々マスターが喉を鳴らして、気持ちよさそうに息を吐く。
マスターが喜んでくれてる。嬉しい。

 

「カイト、マッサージ上手いな」
「ネットで情報をダウンロードしましたから。」
「……アンドロイドはいいな、直ぐインプットできて。」
「でもマスターが修正してくれないと、間違いは何時までも直りません。」

 

マスターの言う"アンドロイド"は差別的な含みは全く無く、ただ事実を述べるためだけに使われる。
俺が人間ではないし人間になれないことを分かっていて、マスターはとても頭が良い。
けれど、それを知っていながらこうして俺を普通の人と変わらず接するマスターは、少し変わっているようにも思える。

でも、だから俺は貴方だけのボーカロイドなんだ。

 

「痛かったら、言ってください。力の調節を最適化しますから」

 

そして 貴方は俺だけのマスター。

貴方は、俺の唯一で絶対の存在。

 

だいすきな ますたー

 

「きもちいーから、大丈夫。この強さで頼む。」
「了解しました。」

 

本当は、傷をつけるくらい強く押してしまいたいのだけれど、そんなことをしたらマスターに嫌われてしまう。

でも、傷が付けばきっと痛むたびに俺の事を思い出してくれるだろうなぁ。

そうだ、マスターが死ぬ時はその前に俺が傷をつけよう。

そうすれば、死ぬ時もマスターは俺の事を考えてくれる。

うん。そうしよう。

 

「カイト?」
「なんですか?」
「……や。なんでもない。」
「変なマスターですね。」
「………」
「痛っ!…酷いですマスター、何も殴らなくても。」
「五月蝿い。マスターに逆らうな。」
「…はい、マスター。」

 

知ってるから、大丈夫です。
貴方の暴力は愛情表現。
痛いけど、怪我をしない程度に加減して殴る貴方は優しい人。

だからマスター、許してくれますよね?

たとえ俺が傷を付けたって、しょうがないって、許してくれますよね

 

「マスター、大好きです」
「……殴られても好きって、マゾ?」
「違います。」
「冗談だって。…即答すんなよ、ノリ悪いな。」

 

くすくす笑いをこぼすと、真面目にやれと怒られてしまった。

伝わるマスターの温もりが、暖かくて

 

 

その熱で 壊れてしまいそうで

 

(いつもいつまでも大好きですマスター)

 

俺だけの マスター