「カイト…っあ」
「痛いですか?マスター」
「あ…たり前だ…っ!

傷跡を噛むな!!」

 

すぱーん、と、いい音が響いた。

 

 

 

 

痛みよりも甘く

 

 

 

 

「………マスター、痛いです。」
「拳で殴ったからな。」

 

かたかたとパソコンのキーボードを叩くマスターを後ろから見て、ひりひりと痛む頬をさする。
マスターの金色の髪は寝癖が着いたままで、あらぬ方向に跳ねていた。
その髪を見ながら、マスターの首筋にある細い傷跡にも目を移した。

 

「その傷、どこでつけたんですか」
「さぁ。気が付いたらついてた。」

 

缶コーヒーを飲みながらマスターが答える。
マスターのすぐ後ろに座り、じっと首筋の傷を見つめた。

マスターはあまり家から出ようとしない。
仕事はプログラム関係のものを個人で行っているらしく、それだけで十分な収入があるんだとか。
俺の傍にずっと居てくれることが嬉しかった。

だけど、マスターは酷く自分の事に疎い人で、気が付くと体のどこかに傷を作っていた。
紙で指を切ったり、料理中に包丁で指を切ったり。
かと思えば、ドアに手をはさんだり、足をぶつけたり。
しかも時々手首や首にまで傷を作ってくる。
今日も、首に一筋の傷跡が着いていた。

 

「さっきみたいに噛み付いたら、また殴るからな。」

 

パソコンから目を離さないまま、カタカタとキーボードを叩いてマスターが言う。
その言葉に俺は返事をしないで、ただ傷跡を見ていた。

 

「マスター、痛くないですか?」
「別に…触ると痛いけど。」

 

あと、首をそらせたり。と呟いて、マスターは首をぐるんとまわした。
丁度傷のある方とは反対に首を傾けたとき、痛っ、と小さく呟く。
滅多に外に出ないため、白いマスターの肌。
その肌に、赤い筋が一つ

 

「ひっ……!?何してんだお前…」

 

後ろからマスターの首筋に舌を這わせ、首筋の傷をぺろりと舐めた。
びくりと体を震わせて、マスターが首だけでこっちを向こうとする。
それも構わずに、もう一度ぺろりと舐めた。

 

「舐めてます」
「それは見りゃわかんだよ。そうじゃなくて、何のつもりだって聞いてんの。」
「…舐めれば治るってマスター言ってました。」
「それは、人間が舐めればって話だろ。」

 

マスターはボーカロイドと人間を混同しない。
ボーカロイドの事を良く理解していて、人間とどこが違うのかも分かっている。
だからといって差別的なことをしているわけでもなく、普通に人と同じように扱う。
こういうときだけ。

こういう時だけ、俺は酷く焦燥感にかられる

 

「マスター、俺を何だと思いますか?」
「何って、カイトだろ。ボーカロイド。」
「そうですね。」

 

マスターの腕をぐっと掴み、引き倒す。
驚くマスターにまたがって、目を見開いた顔を見下ろした。

 

「でも、マスター知ってました?ボーカロイドにも性欲はあるんですよ」
「え」

 

マスターが表情を硬くした。
優越感を感じて口元が自然と歪む。
マスターの首筋に唇を寄せ、傷跡を舌でなぞった。

 

「お……いっ!」
「マスター、美味しい。」
「何言って……」
「マスター、俺、マスターと一つになりたい。」

 

マスターの手に指を絡めてぎゅっと握る。
このまま手が溶けて混ざり合ってしまえばいいのに。
皮膚や布の境界線も、全て無くなって一つになればいい。
そうすれば、マスターとずっと一緒にいられる。離れずに居られる。

マスターに流れる血になりたいと、思った。

 

「この馬鹿がッ!!」
「ぐっ」

 

握っていないほうの手で、マスターにみぞおちを殴られる。
あまりの衝撃に悶絶し、体を伏せて悶えているうちに、マスターに逃げられてしまった。
手に感じたぬくもりが無くなる。

ああ 俺達は一つじゃない

 

「おま…お前なぁ、この……」
「…?マスター?」

 

マスターの顔が真っ赤だ。
首筋を舐めたことがそんなに恥ずかしいことだったのだろうか、と思って、体を起こす。

 

「ひ、一つにとか……テメェ…」
「え…それが何か?」

 

首をかしげると、マスターにべちんと頭を叩かれた。
何がなんだかわからなくて、その理由を聞こうとしたら、また殴られた。
一つになることの何がいけなかったんだろう。

 

(マスターがちょっと違った意味でその言葉を解釈していたことに気付くのは、翌日のことだった。)

 

 

 

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ヤンデレカイトと暴力的マスター。