マスターに誠心誠意尽くして歌を唄う。
マスターを喜ばせることが、ボーカロイドの存在意義なのだと、僕を作った科学者は言った。
そんな存在意義なんてクソ喰らえだ。
きみのために 2
やっぱりお姉さんのリンが傍に居ないせいなのか、レンは警戒を解く気配がない。
俺のベッドの上に座ったまま、ものすごく睨みつけてくる。
まるで野良猫みたいだなぁ、なんて思うと少し可愛らしくもあるんだけど、流石にずっとこのままっていうのも居心地が悪い。
かといって仲良くなろうにも、そういえば俺はレンの性格も何も知らないわけで。
(き……きっかけがない……)
とりあえず目を合わせたまま、お互いに身動きが取れないでいる。
俺としては仲良くなりたいんだけど、どうしたものか。
というか、友人から聞いたボーカロイドとかなり違うような気がする。
もっとこう、マスターに好意を寄せてくるんじゃないのか?
(もしかして、リンがいないから…?)
心当たりはそれしかなくて、一緒に起動しなかったからだろうか、と少し不安になる。
説明書をぱらっとめくると、リンとレンは双子であることが目に入った。
双子ってのは二人で一つって所もあるし、やっぱり不安なんだろう。
レンだけでも起動できるらしいことも書いてあったけれど、できるなら一緒に目覚めさせるのがいい、とも書いてあった。
(レン……って、この中古のディスクについてきてたんだよ、な。多分)
リンのデータが抜かれた中古のディスクに目を向ける。
普通、試作品といっても双子設定で同時に起動する、なんて事が書いてある以上、二人は一緒にいたはずだ。
それを前のマスターは、リンのデータと本体だけを残して、レンは全て売った……のか。
(…そんなことされたら、人間嫌いにもなるよなぁ……)
こんな態度をとりたくなるのも当たり前だ。
前のマスターと俺を同一視してるみたいだし、ここは仲良くなろうと思っても無理なのかも。説明書をぺらぺらとめくって、食事の項目を見る。
どうやらボーカロイドはモノを食べることは出来るけど、食べなくても別の方法でエネルギーを溜められるらしい。
だけどどうせなら一緒に食事したい。
「よし。」
「!」
説明書を置いて立ち上がると、レンは僅かに身構えた。
そんなに怯えられているのかと思うと少し泣けてくる。
というか、こんなに人を嫌うほど酷いことでもされたのかと思ってしまう。
「俺、飯作ってくるから。呼んだらリビングな。」
出来る限り優しく言って、俺の部屋を後にする。
ドアを閉めても、中からは何の音も聞こえなかった。