友人がボーカロイドを買った、らしい。
それに便乗して俺もボーカロイドを買ってみることにした。
どれにしようかな、なんて悩んでいた時、ふと眼に入ったのは双子のパッケージ。
不良品、の棚に入っていた。
きみのために
「あのー、すんません。なんでコレ、此処に入ってるんですか?」
近くを通った店員さんに声を掛けて、ひらひらとパッケージを取って振ってみた。
すると、店員さんは苦笑しながらこっちに向かってきて、残念がるような声色で呟いた。
「ああ、それ、データが不足してるんですよ。」
「データが?」
「発売元のミスなのか、前の持ち主が抜いたのかわからないんですけど、リンのデータだけ無くなっているんですよ。」
俺はボーカロイドには詳しくないが、双子が描いてあるんだしこのディスクは二人で一つなのだということはわかる。
その片方…リン、という名前から女の子の方だろう。この子のデータが抜けている。
ということは、このディスクに入っているのは男の子の方だけということになる。
値段を見ると、半額どころか定価の1/3になっていた。
「それはあまりオススメしませんよ。」
そう言い残すと、店員さんはさっさといなくなってしまった。
俺は手にしたパッケージをもう一度じっくりと見る。双子、ってことはつながりは深く作られていたんだろう。
そのうち一人がいなくなるということは、突然半身がなくなったにも同然なんだろうか。
きっと寂しいんだろうなぁ。
「……………。」
そう思ったら急に愛着が沸いて来て、俺はそれを持ってレジに向かった。
さっきの店員さんがレジに居て、データ不足のディスクを差し出すと怪訝そうに眉根を寄せた。
「いいんですか?女の子の方のデータはありませんよ?」
「いいっすよ、お願いします。」
特に深く何かを考えていたわけでもなく、ただ弟が増えるような感覚で居た俺だったが、店員は何を思ったのか奇妙なものを見るような目で俺を見た。
……まさか、ショタ趣味とか思われてるんじゃないだろうな、俺。
はは、と乾いた笑いを漏らしつつ、さっさとお金を払ってレジを終える。
店を出ようとしたとき、不意に店員さんに呼び止められた。
「お客さん!」
「え…何ですか?」
「あー……これは、その、他の方には内緒にしていただきたいんですが…」
「?」
店員は渋い顔をして、店の奥へと俺を連れて行く。
関係者以外立ち入り禁止、という札の付いたドアを開けて、俺をその中へと導いた。
少し怪しく思いながらも後をついていくと、暗い部屋の中に一人の人が壁に立てかけられ、座っているのが見えた。
誰か人が倒れているのか、と思った次の瞬間、店員が部屋の電気をつける。
「当店に配布された、試作品のボーカロイドです。」
「………え……」
電気に照らし出されたのは、自分が手にしているパッケージとまったく同じ姿をしている男の子。
瞼は閉じられているから目は見れないが、この子がボーカロイド?
そういえば、俺の友達は通販で買ったボーカロイドに身体がついてきた、とか言ってたっけか。
と、その事を思い出してしまえば何も疑問に思うことは無い。
「本当は、リンとセットのはずだったんですが…コレ一つでも構いませんよね?お客さんなら。」
コレ、という言い方にカチンときて店員を見ると、その顔は不良品を押し付けることができる、といったような喜びで一杯だった。
どうやら今まで引き取り手も無く、廃棄するのを待つばかりだったらしい。
しかし今のご時勢ただ廃棄するだけでも金がかかるし、どうせなら売れたほうがいいと思ったのだろう。それよりも、コレって物扱いはないだろう。
「ええ。この子だけでも構いませんよ。くださるのなら。」
出来る限り失礼にならないように笑顔を見せると、より店員は笑顔を深めた。
そして手近なダンボールを組み立て始める。
まさか、それに入れて運べってんじゃないだろうな…と思った俺の予感は的中して、店員はひょいっとその子を持ち上げて、ダンボールの中に体育すわりにして詰め込んだ。
「あー、いいっス。背負って帰ります。」
「え?いいんですか?」
「はい。家、すぐ近くだし。ダンボール詰めにするのかわいそうだし。」
言いながら、ダンボールからその子を出す。
ボーカロイドって確かロボットなんだから、結構重いかと思いきや、思ったよりも軽がると持ち上げられてしまった。
この年頃の男の子の平均的な体重と同じにしてあるのだろうか。芸が細かいというかなんというか。
とりあえずおんぶする格好になると、店員の目がものすごく痛いことに気がついた。
だから、なんでそう奇妙なものを見るような目をするかなぁ……。
「じゃ、どうもありがとうございました。」
さっさと挨拶をして、その子を抱えたまま店を出た。
暫くあの店は利用するのをやめよう、なんてぼんやりと考えながら、家までの道のりですれ違う人の視線に耐えていた。
+++
「ふう。」
マンションの自宅に帰って、とりあえずベッドの上にその子を寝かせ、パッケージを開けた。
説明書にざっと目を通す。
ようやくこの子の名前がレンというらしいことがわかって、口の中で復唱した。それにしても、俺、ボーカロイドについて随分とうとい気がする。
音楽的な知識も全然無いのに買おうだなんて無謀すぎただろうか。
「……まぁ、なんとかなるでしょ。」
スイッチの入れ方を調べて、レンの手首の辺りを探る。
説明書によると、ここらへんにスイッチがあるらしい。
本当はリンと同時にスイッチを入れなくてはならないらしいが、大丈夫だろうか。
「えーっと……此処か。」
力を入れるとぺこっ、と皮膚がへこんで、カチッと音がした。
全然人間と変わらないのに、やっぱりこういうことはロボットなのか、としみじみと思ってしまう。
キュインと起動音がして、ふる、とレンのまぶたが震えた。ゆっくりと目が開いて、その目が俺を見る。
「レン……?」
名前を呼ぶと、感情の色の無かった瞳に光が灯った。
うまく起動してくれたらしく、ほっと息をつく。
「初めまして、レン。今日から俺がマスターだよ」
警戒させないようにニッコリ笑って手を伸ばし、頭をなでようとした。
パシンと乾いた音が響く。
ん?と思った直後、じんじんする掌と、敵意を持った瞳で気付いた。
「あー……もしかして、俺の事嫌い?」
まるで毛を逆立てた猫のように威嚇するレンを見て苦笑を零す。
なんだか今後が思いやられるなぁ、と、心の中で溜息を付いた。
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カイマス連載の「事情」で登場した友人がマスターです。
懐かない子猫みたいなレン。