Opening

 

 

「お前、ボーカロイド拾ったってホント?」

 

大学の友人にしか話したことの無い事実を、特に知りもしない奴に知られているというのは本当に君が悪い。

俺の目の前でにやにやと笑っているコイツらは、勿論俺の友達なんかではない。
それどころか今まで見たことも無ければ、名前を聞いたことも無い。
大学の講義室の中で話していたのも悪いが、それを面白おかしく尾ひれをつけて流すバカも居るから嫌になる。

 

「それがあんた等に何の関係があるんだよ」
「男?女?ボーカロイドって性別あんだろ?」
「だから、言う必要ねーだろ。」
「女だったらさぁ、あれじゃん。毎日ご奉仕してもらえ……ッ!?」

 

下品な事を言い出した奴の足を踏んで、そのまま肩を強く押す。
どしっと無様に尻餅をついた奴を見下ろして、にらみつけた。

 

「あんたらがどういうつもりか知らねーけど、俺は結構気が短いんだよ。ふざけたこと言ってるとその顔ぶん殴るぞ。」
「テメェ……!」

 

歯を食いしばって立ち上がる男を無視して歩き出すと、後ろから肩を掴まれた。

 

「俺のダチが、男のボーカロイドが居なくなったっつって探してんだよ」

 

睨みつけてくる男の言葉に、思わず反応してしまう。
まさか、と思わずには居られない。

 

「青いボーカロイドだって話だ。テメーが拾ったボーカロイドがお前のかもしれねーって、うっかり口滑らしちまったからよ。あいつ直ぐ手ェ出す上に強くて手が負えないからよ、精々気をつけてろ。」

 

中指を立てて、大きく舌打ちをして男はさっさと居なくなってしまった。
バクバクと心臓の音が大きくなる。
所詮バカの言うことだ、と聞き流してもいいはずなのに、どうしても気になってしまう。

 

もしもその探してる奴が、本当のカイトのマスターだったら。

 

 

「……や、だってなんか矛盾してんだろ…」

 

カイトは「捨てられた」と言った。
けれど、探してる奴は「居なくなった」と言っていたらしい。
状況は似てても、理由が違う。
大丈夫だ、きっと。

 

(それに、今のカイトのマスターは俺だ)

 

何となく、今すぐカイトに会いたくなって午後の抗議はサボることにした。
鞄を持って、足早に家に向かう。

 

(俺のこと話したって……どこまで喋ったんだ、アイツ)

 

名前も知らないようなヤツなんだから、住所まで知ってるとは思えない。
それでも、外見の特徴なんかは教えているだろう。
街中で見つかって、そのまま家まで尾行されでもしたら?

 

(どうせロクでもない奴なんだろ……直ぐ手ェだすとか言ってたし)

 

そんな奴にカイトを渡してたまるか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、おかえりなさい。今日は早かったんですね……マスター?」

 

玄関に、いつものようにカイトが出迎えてきてくれる。
それを見てほっと息を吐いて、いつものようにカイトに荷物を渡した。

 

「ちょっとな。午後の抗議サボっちまった。」
「いいんですか?レポートの提出があるって……」
「それはもう渡した。」

 

カイトが俺の部屋に荷物を置きに行く。
青い髪が揺れて、俺の視界から消えた。

 

(俺、可笑しいだろ。こんな……カイトが心配になるなんて)

 

俺にとって、カイトはただのボーカロイドなんかじゃない。
今はもう、なくてはならない存在に近くなっている。

 

居ないと思うと違和感がある そのぐらいには、存在が大きかった。

 

「カイトー。」
「なんですか?マスター。」

 

俺の呼び声に反応して、とことこと目の前まで歩いてきてくれる。
俺を真っ直ぐに見るその眼には、俺しか映っていなかった。

それが何故か とても心地よくて

 

「マスター?あの……」

 

カイトの手を取って、頬に当てる。
僅かに戸惑ったカイトの感情が手から伝わってきて、ふっと笑った。

 

「お前の手、なんか安心する。」
「そうですか……?」
「声も。」

 

眼も、髪も、香りも腕も身体も足も全部

俺のものだと思うと、なんともいえない高揚感が胸を支配した。

 

そうだ、カイトの全部は俺のもの

 

 

誰にも、渡すもんか

 

 

 

 

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後半はいります