「マスター、一緒にお風呂に入りませんか?」
「は?」

 

またコイツは唐突に妙な事を言いやがって。
一体なんだってんだ、とカイトの顔を見る。
いつもどおりを装った笑顔とは裏腹に、手はガタガタと震えていた。

 

 

 

Ghost

 

 

 

「ネットで怪談話を見たんです。」
「へぇ。」
「怖くて、一人で入れません」

 

めそめそと泣きそうな顔をして、カイトは俺の服の裾を一生懸命引っ張っていた。
なんでも目を閉じると、血まみれの女の顔が蘇るんだとか。
そんなに怖いならなんで見るんだよ、と言ったら、「怖いけどみたいんです」なんて人間らしい言葉を返された。

 

「あのな、俺ん家の狭い風呂に男二人は入れると思ってんのか?」
「マスターが狭くないように、一生懸命縮こまりますから」
「それはそれで居心地悪いだろーが。」

 

カイトの方が背も高いしガタイもいい。
それが浴槽の隅にちいさくなっているのを想像すると、どうにもいたたまれない気持ちになる。
かといってこのまま一人で入らせるのも可哀想な気がしてきた辺り、どうにもほだされてしまっているようだ。

 

「じゃあ、風呂の前に居てやるから。それでずっと話してればいいだろ。」
「ど、どうせなら一緒に…」
「これが嫌なら一人でがんばれ。」

 

カイトはまだ泣きそうな顔をしていたが、どうやら折れてくれたらしい。
背中を丸めてぶるぶると震えながら、タオルを抱きしめて脱衣所へと入っていった。
そのドアの前に立って、カイトに声をかけてやる。

 

「つか、お前ロボットだろ。なんで幽霊が怖いんだよ。」
「幽霊は感知できないじゃないですか。見えないのに近くに居るなんて……っ」

 

想像して怖くなったのか、カイトの声が小さくなった。
確かにそう考えると少し気味が悪いが、それだと「いつでも君の傍にいるよ」なんて台詞はどうなってしまうんだろう。

 

「…これがマスターだったらいいんですけどね」
「え」

 

今正に考えていたことを呟かれて、固まる。
一体どういう意味だろうか。
あれなのか、何かのドラマの影響なのか、なんてぐるぐると頭の中で回り始め、少しずつ体温が上がってくる。

 

「でも、マスターに死んで欲しく無いです。幽霊にならないでくださいね、マスター。」

 

怖いのか悲しいのかわからないが、ものすごく泣きそうな、震えた声が脱衣所から聞こえて噴出した。
なんで笑うんですか、なんてカイトが怒っているのに申し訳ない。
まるで小さい子が、「ママ死なないでね」なんて言ってるのと同じように聞こえてしまった…。

どうやらカイトは笑ってる俺を無視して、さっさと服を脱ぐことにしたらしい。
笑いが収まって呼吸を整えていると、脱衣所の中から衣擦れの音が聞こえて来る。
チャックを開ける音、布が床に落ちる音、肌と布が擦れる音。

 

(……なんかやらしいんだけど)

 

「マスター、俺浴室に入りますね。」
「おー。」

 

ドアが開いて閉まる音が聞こえてから、脱衣所のドアを開けて中に入る。
シャワーの音が聞こえる浴室には、確かに人のシルエットが浮かび上がっていた。

そのドアの向かいにあるカゴの中にはカイトの服が畳んで置いてあった。
その隣のカゴにはタオルと俺がカイトに買い与えたパジャマが入っている。
きちんと畳んでいるところを見ると、カイトの几帳面さがうかがえた。

 

「マスター、いますか?」
「いるいる。」

 

コン、とドアをノックしてやると、よかった、と安心したような声が聞こえてきた。
ロボットなのにオバケが怖いなんて、おかしなこともあるもんだ。

ふと、カイトが着ていた服に目が行った。

 

(……青いティーシャツ……)

 

半そでのソレを取り出して広げてみる。
やっぱり俺よりも少し大きくて、それが少し悔しかったり。
俺の身体に当ててみると、袖は肘の辺りまできてしまうことが判明して、さらに悔しくなった。

 

「………………。」

 

ボーカロイドって、体臭とかあるんだろうか。

 

「………………………。」

 

ほんの少しの好奇心。

俺はいたって健全な青年であり、別に変態だとか匂いフェチだとかいうわけじゃない。

ただ本当に少しだけ気になって、俺はカイトの服にもそっと顔を埋めて息を吸い込んだ。

 

俺の、シャンプーの匂い。

 

(……あれ?)

 

ボーカロイドは体臭はないらしい。

かわりに香ってくるのは、俺の使ってるシャンプーの香りと、石鹸の香り。

同じものを使ってるんだから当たり前か、と思うのと同時に、そのフレーズに違和感を感じて思考を止める。

 

(……まるで同棲中の恋人みたいな……)

 

なーんて

 

「マスター、何やってるんですか?」
「えっ!?はっ!?」

 

むあっ、と湿気が背後から漂っていることに気が付いて慌てて振り返ると、水が滴ったカイトがこっちを不思議そうに見ていた。
腰にはタオルを巻いていて少し安心する。
男同士で安心も何もないわけだけど、そういう心理状況だったから仕方ない。

 

「……あの、マスター。」
「え、何?」
「それ、僕の服ですけど。」
「ああ、これ!?悪い、ちょっと好奇心で!お前でかいから俺着たらどーなんのかなって思って!」
「別に構いませんけど…あの、マスター。」
「今度はなんだよ」

 

「怖くて目が閉じれません……頭が洗えなくて……」

 

俺は服を着たまま風呂に入って、カイトの頭を洗ってやる羽目になった。
濡れたカイトはちょっとかっこいいかな、なんて思ったのにやっぱりカイトはカイトだ。
肝心なところで抜けてる犬っぽいコイツには、もう怖い話は見ないように言い聞かせようと思った。