誰かを思うと胸が苦しくなる

または幸せな気持ちになる

気が付くとその人のことを考えてしまう

以上が全て当てはまった方は、恋をしています。

 

 

 

Please,

 

 

 

初めてマスターに唄わせてもらえた翌日から、僕はその歌を口ずさむようになった。
ボーカロイドの僕には好みの曲の傾向があるわけじゃないけれど、マスターに初めて歌わせてもらった曲だと思うと、この曲がとても好きに思えてくる。
そうマスターに伝えると、恥ずかしいと言って眉間に皺を寄せていた。

好きという感情は、マスターを思うときの感情に最も似ている。

マスターが僕が作った料理を美味しいと言ってくれる時。
僕の名前を呼んでくれる時。
人のように僕を扱ってくれる時。

この曲を好きだと思うのと同じように、僕は嬉しくなって、幸せになる。
けれど、何故かわからないけれど、苦しい

 

(好きという感情は、楽しくて、幸せで、ふわふわして、)

 

何も苦しく思うことなんか無いはずなのに、理由が分からなくて僕はマスターのいないところで、胸を押さえて首をかしげた。

 

「これは、違う感情なんでしょうか」

 

返事をくれる人は居ない。
マスターは大学へ行っているし、この家にはマスターしか住んでいないのだから。

 

『誰かを思うと胸が苦しくなる

または幸せな気持ちになる

気が付くとその人のことを考えてしまう

以上が全て当てはまった方は、恋をしています。』

 

視線を声がした方に動かすと、マスターがつけっぱなしだったテレビの中で、女性がマイクを持って笑っていた。
テレビの右隅には「恋愛特集」とロゴがあって、どうやらこれは昼に暇な主婦などをメインにした番組のようだった。

ぼんやりと立ったままその番組に魅入っていると、「恋」という感情で感じることの全てが、少しずつ当てはまっていく。
例えば、苦しくなるその理由だとか、どうしてその理由ができるのか。
そして「好き」という感情の中で最上級になるのだと。

 

(だとしたら、僕はマスターに恋をしているということになるのかな)

 

女性は、「数多くの人の中で、かならず運命の人がいる」と言っていた。
けれど僕の世界には、僕とマスターしか存在しない。

この小さな世界の中で、マスターは特別だ。

僕が歌を唄っているとき、マスターは驚愕と感動しか沸きあがってこなかったと言っていた。
けれど僕が見たマスターの表情には、その他にももう一つ別の感情が込められていたように思った。
もしかしたら気のせいかもしれないけれど、泣いてしまいそうな。

その瞬間僕の胸は苦しくなった。
どうしてマスターが泣きそうな顔になったのかもわからない。
マスターが泣きそうなことにも悲しくなったけれど、その理由が分からない僕自身に苛立ちを覚えた。
僕とマスターの間にある世界は、まだ数日分しかない。
その中で、マスターは最初から特別で、唯一無二の人で、
そんな人に、恋なんてしてもいいのだろうか。

 

「……………。」

 

愛してほしい

抱きしめてほしい

笑って僕の名前を呼んで

幸せだって、言って欲しくて

 

(これは、欲望?それとも何か別の…?)

 

苦しい。

 

その場に座り込んで、膝に顔をうずめる。
何かのスイッチが入ったかのように、泣きたくて泣きたくてしょうがない。
けれど僕の涙腺は、悲しいからといって働いてはくれない。
あくまで涙は目を洗うためのものであって、感情に左右される機能ではないからだ。
歌うためのボーカロイドは、悲しいからと言って泣きながら唄うことはできない。

吐き出せないから、苦しいのかもしれない。

 

(僕は、マスターを愛せない)

 

僕は人じゃないから、この感情が恋だと確信が持てない
仮に、恋だとして

僕はマスターに望まれなければ、マスターを愛することは出来ないのだから

 

憧れと敬愛を抱いてマスターに尽くすことはボーカロイドの本能だ。

だけどそれは愛じゃない。

だからマスターも受け入れることに抵抗が無い。

僕がマスターに尽くしてもらいたいと思うわけもない。

 

だけど、恋は違う。

愛して欲しいと願ってしまう。

もっと、愛情を僕に向けて欲しいのだと思ってしまう。

ボーカロイドはマスターに願ってはいけない。

マスターが望まないことはしてはいけないから、困らせてはいけないから。

 

ボーカロイドの自我は存在してはいけない
何故ならボーカロイドはマスターの望みを叶えるものであり欲望を持ってはいけないからだ

 

 

(……誰に、言われたんだろう)

 

プログラムされた言葉ではないけれど、何故か体が「恋」という言葉を否定する。
それどころか、僕の感情まで抑制される。

マスターを思って幸せだと感じてはならないと、頭の中で声がする。

 

誰の声かも想い出せない。けれどこれは僕の中で絶対的なものだ。

決して破ってはいけない。感情を、露にしてはいけない。

そうでないと ぼくは

 

 

(……僕は……?)

 

この感情は何だ。

恐怖 絶望 悲哀

真っ黒なものがぐるぐると頭の中を埋め尽くす。

これは、この感情は、どこで覚えたものなのかわからない。

 

 

この呪いのようなプロテクトを解くパスワードがわからない

助けて

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------
カイトの方がヤンデレちっくに見えますが病んでません。
混乱してると思ってください。