「タダで居候させるわけにはいかないからな。」
「はい、マスター。」

 

フライパンを持ってニコニコと笑うカイトを見て、少し不安になった。

 

 

 

 

Depression

 

 

 

俺の言うことに素直にしたがって、カイトは夕飯を作り始めた。
とりあえず家事をさせることにしたが、カイトは料理が出来るのだろうか。
何となく出来ないキャラのような気がして、恐る恐るキッチンを覗いてみる。

 

「何ですか?マスター。」
「あー……なんでもない。」

 

軽快な包丁捌きを見て、顔を引っ込める。
杞憂に終ったことにほっとしつつ、料理が出来るまで暇になってしまったことに悩む。
いつも一人でいたせいで、こうして誰かが同じ空間にいるということにすら慣れてねーし。

遠目から見るカイトは、どこからどう見ても人そのものに見える。
あれが人じゃない、と言われても、まだ信じられないでいる俺としては、いっそ人間だったほうがよかったような気がする。
ロボットだと思うたびに、無駄に考え込んでしまいそうになる。

 

「マスター、どうかしましたか?」
「え!?」

 

気が付いたらカイトの顔が目の前に合って、全力で驚いて後ろに下がる。
つか、料理作ってたんじゃなかったのか!?

 

「味見をしてもらいたいんですけど、いいですか?」
「え……あ、うん、いいけど……味見ならお前がやればいいんじゃねーの?」
「マスターの味の好みがまだわかりませんから」

 

カイトが味噌汁が少し入ったお椀を俺に差し出し、にこっと笑う。
まつ毛も少し青いことに気が付いて、人間じゃありえないしやっぱりロボットなのか?と実感する。
味噌汁を受け取って一口飲んでみると、とんでもなく美味しかった。

 

(……どこがロボットなんだよ)

 

ネットで確認しているのに信じられない。
普通の人と全くと言っていいほど変わりないのに、これでロボットとは。

 

「すげー美味い。」
「ホントですか?よかった」

 

嬉しそうに頬を紅潮させて笑う様子も、人そのものだ。
うっかりその笑顔にドキっとしてしまったりしたけれど、気付かれないように頬をこする。
ロボットの、しかも男の笑顔にときめくとは……恋愛不足のせいだ、うん。

 

「じゃあ、ご飯運んできますね。」
「お…おう。」

 

ぱたぱたとキッチンへ駆けるカイトを見送って、ぽーっとした頬をぱちぱちと叩く。
そういえば、誰かと暮らすのはかなり久しぶりになるかもしれない。
一人で居る事に慣れていたせいか、余計この状況に照れているんだろう。
…つか、なんか新婚っぽくね?

 

「っうぁー!!」
「ま、マスター!?」
「あ…悪い……なんでもねぇ…」

 

自分の思考にあまりにも恥ずかしくなって、思わず雄たけびを上げてしまう。
頭を抱えていると、カイトが心配そうに覗き込んできた。
大丈夫、とジェスチャーしてごまかすが、自分の乙女思考が気持ち悪くて仕方が無い。

 

「あの……本当に大丈夫ですか?」
「ああ……うん…大丈夫……」

 

まだ心配そうな表情を向けてくるカイトを見て、不意に疑問が浮かび上がった。
マスターに対する好意の全てはプログラム。
それなら、この心配もプログラム?

 

「……カイトのプログラムって、すごいな」
「え?」
「なんか色々錯覚しそうになる」

 

俺が一緒に暮らすことになったのはロボットで、この優しさは全部プログラムなわけで。
頭で理解しているのに、あまりにも人間と同じ動きや表情を見せるから

 

「カイトの事、ロボットとか…そんな風に見れねーよ」

 

きっぱりと割り切れるような性格をしていたならよかったのに、と初めて思った。
ロボットか人間のどちらかだと割り切って接することが出来たなら、こんな風に悩む必要は無いわけで。
頭を抱えて、どういう風に接すればいいのかを思い切り悩む。
カイトはそんな俺を見て、心配そうに眉根を寄せて、おろおろしている。

 

そんなカイトの様子を見て、何故か急にこの状況が飲み込めた。

 

「………カイトは、ボーカロイドなんだよな」
「はい」
「感情とかあるんだよな」
「はい」
「俺に対する好意って、マスターに対するものってことでプログラムされてんの?」

 

そもそもこの部分が引っかかっているのだから、この部分をカイトに答えてもらえばいい。
どうしてこれが気になるのかよくわからないけれど、これが解消されれば悩み自体がすっきりするような気がした。

 

「プログラムされています。マスターに対しては無条件に好意を抱くように、と」

 

だからカイトのストレートな返答を聞いて、俺はなんか頭の中がすっきりした。
カイトは自分をロボットとして割り切っているのに、今更俺が人間扱いしたってしょうがない。
ぐだぐだ俺ばっかり悩んでたって、しょうがない。

 

「そっか。悪い。サンキュカイト。」
「…?いえ、大丈夫ですか?マスター。」
「大丈夫大丈夫。」

 

カイトに犬の耳と尻尾が見えたような気がして、まるで忠犬みたいなやつだなぁ、なんて思って小さく噴出す。
どうして笑われたのか飲み込めないカイトは首を傾げつつ、食事の用意を再会し始めた。
それを見て、そういや夕飯だっけ、と、さっき味見した料理の味を思い出して、急にお腹がすいたような気がした。

 

 

 

 

「……プログラムのはず……なのに」

 

キッチンで、カイトが困惑した表情をしながら胸を押さえる。
脳内で、初めてマスターを見た時の記憶を呼び起こし、たった数時間の今までの記憶を反芻する。

 

「……?これは……」

 

無いはずの心臓がどくんと音を立てたような錯覚を覚えた。
プログラムされた感情の中に、この感覚の名前はない。
唇が震える。体温が上がる。

 

カイトの僅かな変化に、この時の俺は気付かなかった。