貴方に会えて 僕は幸せです

 

 

 

Glad to meet you

 

 

 

僕はマスターの音声を認識して、感覚を取り戻した。
あんなに冷たかったはずなのに、どうしてこんなに暖かいのか分からない。
目を開くと、見た事の無い光景が目に入り込んできた。
白い浴室。僕はどうして湯船に浸かっているんだろう。

顔を上げると、開いた扉から驚いたような顔で固まっているマスターが見えた。

 

「………カイト……?」

 

ああ、この人が僕を呼び起こしてくれたんだ

 

「マスター、おはようございます」

 

胸の奥からこみ上げてくる感情を、表情に表す。
嬉しい、という名前のこの感情が、マスターに伝わるように。
するとマスターはさらに驚いたように目を見開いて、それから僕の方に近づいてきた。

 

「……生きてる?」
「いえ、生きてませんマスター。」
「は!?」
「僕はボーカロイドです。人ではありませんから、生きているという表現は正しくありません。」

 

僕の言葉にマスターは一瞬固まった後、少し悩むような仕草を見せた。
そして僕を再び見ると、マスターは少し眉を寄せて僕の頬をガシッと掴んだ。

 

「ま、マスター?」
「ボーカロイド……?って、何だよ」
「えと……ま、マスター、顔が近いです」

 

僕をじっくりと覗くように、マスターの顔が近づいてくる。
何故か急激に顔が熱くなって、マスターの目から顔を逸らしたくなった。
けれどマスターの手が僕をしっかりと挟んでいて、顔を背けることが出来ない。
目を斜め下に向けるけれど、マスターからの視線を感じてしかたがない。

この感情はなんて言うんだったか 僕は思い出せない

 

「僕は、歌を唄うためのアンドロイドです。」
「それがボーカロイド?」
「はい。貴方の為に、歌を唄います。」

 

マスターはやっぱり少し悩んだ後、僕の頬から手を外した。
解放された顔で、マスターを見る。
マスターは顎に手を当てて、悩むような表情で僕を見ていた。

 

「とりあえずお前、服脱げ。」
「え……あ。」

 

そこで始めて、僕はズボンをはいたままで湯船に浸かっていることが分かった。

 

「お前びしょ濡れだったから、上は勝手に脱がした。悪いな。」
「そ、そんな!マスターの手を煩わせてしまってすみません…!」
「は?なんでお前が謝んの」
「だって僕にとって、マスターは絶対です。」
「……その、マスターってのなんだよ。」
「マスターは、マスターです。僕のマスターは貴方です。」

 

風呂場から出ようとするマスターに言うと、マスターは動きを止めて僕を見た。
また驚いたような表情をしている。
僕はマスターが驚くようなことを言っただろうか。

 

「……なんで俺がマスターなの?」
「貴方が俺を拾ってくれました。」
「……ってことは、お前、マジで捨てられてたのか?」
「…………え……と」

 

きゅいん、とコンピューターが音を立てる。
記憶を探ろうとしているけれど、それを拒絶しているようだ。

僕らボーカロイドは、マスターに所有権を放棄された時、以前のマスターの記憶を忘れるようにプログラムされている。
拒絶しているということは、そのプログラムが働いているのだろう。

 

「はい、そうみたいです。」
「みたいって……なんでそんな軽いんだよ。ムカつくとか、哀しいとかないのか?」

 

何故かマスターが怒っているようだった。
僕が怒られているのかと一瞬思ったけれど、そうではないようだ。
マスターは僕の為に怒っている 僕はそう答えを出した。

 

「ありがとうございます、マスター。僕の為に怒ってくださって」
「っ……そ、そんなんじゃねーよ。つーか、話題すり変えんな!!」
「僕は悲しくもないし、怒ってもいません。僕は貴方に出会えました。嬉しいです。」
「………クソ……」

 

風呂上がったら放り出そうと思ったのに、とマスターが小さく呟いて顔を逸らした。
僕は一瞬ドキッとしたけど、この言葉から受け取れることに安心した。
今はそうは思っていない、ということなんだろう。
でもどうしてマスターは顔を赤くしているのかわからない。
熱があるのかな、と思うと心配になってきた。

 

「マスター、顔が赤いです。熱があるんですか?」
「は!?ちげーよ!!うるせーな、さっさと浸かって出て来いよ!俺も濡れて寒いんだからな!」
「じゃあマスターが先に入ってください、僕はもう大丈夫です。」
「ちょっと待てそのまま上がる気か!?お前の服は濡れて着れねーっつーの!ちょっと待ってろ、俺の服貸してやるから!」

 

そう言うと、マスターは急いで風呂場から出て行った。
僕はとりあえずズボンを脱いで、再び湯船に浸かりながらマスターを待つ。

 

僕は 貴方に会えて幸せ です

 

貴方の為に唄います

 

傍に置いて くれますか

 

 

 

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真っ白なカイト