僕はマスターが好きだ。

マスターが好きだ。

 

だけどそれだけじゃない何かがある。

 

 

I love

 

 

「マスター。一緒に寝てもいいですか?」
「……………何で?」

 

マスターは驚いたような顔をした後、顔を顰めて、それから呆れたような表情になった。
瞬く間に表情が変わるマスターが面白くて、だけどそれを口に出したら怒られるだろうな、と思って心にしまう。

 

「マスターが居ない昼間に、その…心霊の番組を…。」
「…お前、なんで怖い怖いってなるくせにそういうの見るんだよ。」
「怖いけど面白いというか……。」
「ホント…なんつーか、お前、人間っぽくなってるよなぁ…悪い意味じゃねーぞ。」
「はあ…そうですか?」

 

マスターは最近よく人間みたいになってきた、と言う。
それを言い始めた時期と僕がマスターに抱く感情を自覚した時期が重なるので、もしかしたらそのせいかもしれない。
元々ボーカロイドはマスターの行動を学習し、人間に近づこうとするようプログラムされている。
しかしそれは意思として確立されたものではなく、無意識のうちに行うようになっているものだ。

だけど僕は最近になって意識的に人間になろうとしている傾向にある。

怖いけど、面白いから見たい。というのも、ネット上の掲示板を見ていて覚えた感情だ。
マスターの反応から学習する以外にも、ドラマを見たりアニメを見たりすることで、人の行動は分析できた。

そしてその中から、「僕」という性格で行いそうなものを選び取り、使う。

意識的に、できる限り多く取り入れる。

もっと人に近づけるように。

それはマスターに抱く感情を理解する為に始めたことだったが、今は違う。

 

(マスターに、人間みたいだってもっと…言って欲しいんだ、きっと)

 

その言葉で、僕は自分が人に近づけたことを実感できる。
まだ、この気持ちに対する答えは見つかっていないけれど。

 

「マスター、駄目ですか?」
「別にいいけど…狭いぞ。」

 

ホラ、とベッドに寝たマスターが、懐を空けてくれた。
嬉しくていそいそと横に寝転ぶと、マスターがぷっと吹き出して笑う。

 

「お前マジで犬みてーだな」
「僕は犬じゃありませんよ」
「わかってるって。でも行動が忠犬って感じ。」

 

そういいながら、マスターは電気を消してベッドに寝転んだ。
直ぐ近くにマスターの顔があるのが分かる。
こっちを見ているのがわかって、僕は何故か顔に熱が集まるのを感じた。

 

「おやすみカイト。お前、明日はちゃんと自分の部屋で寝ろよな。」
「はい。マスター、おやすみなさい。」

 

多分マスターは僕の顔をまだはっきりとは見れていない。
人の目は暗闇に慣れるのに時間がかかるから、そこに何かがあるのはわかっても顔色までは窺えないだろう。

 

(よかった、バレてない)

 

今僕の顔色について聞かれても、明確な答えを返すことが出来ない。
何故なのか、なんて僕にもわからない。

 

(あ。)

 

もそもそとマスターが動くと、シーツが上に上げられるのを感じた。
マスターは顔の近くまでシーツを被って寝る癖がある。
動きが止まって少しすると、静かに寝息が聞こえてきた。

 

(マスターは猫みたいだ。コタツで寝る猫。)

 

僅かに身を縮めて、シーツに包まって寝る。
ネットの写真で見た猫そのものに思えて、マスターを起こさないように小さく笑った。

 

突然、僕の胸の辺りが強く締め付けられる感じがした。

 

(また、あの感情だ。…苦しい)

 

隣にマスターが居る。温もりを感じる。
その行動が可愛いと思った、それだけなのに僕はこんなにドキドキしてる。

 

手を伸ばせば、届く距離に貴方がいる

 

「…!カイト…?」

 

もぞっとシーツの中からマスターが顔を出した。
僕の両手はマスターに触れていて、確かな温もりを感じている。
マスターがこっちを向いたままであることを確認して、その手を背中に回して一気に引き寄せた。

 

「ちょっ……何、」

 

ぎゅう、と抱きしめると、マスターが身動きをとめた。

思ったより軽くて、簡単に抱きしめられた。

細いというより、薄い身体。

 

「…カイト?何?怖いのか?」

 

直ぐ近く、腕の中から聞こえる声。

胸が苦しくて声が出なくて、返事ができなかった。

強く抱きしめる。

右手をマスターの背中に、左手をマスターの後頭部に添えて腕に力を込めた。

マスターの身体が僕の身体に密着する。

熱くて、苦しくて、思考が朦朧としている。

 

わかるのは腕の中にマスターがいるということと、それがとても幸せだということ。

 

「ッ…オイ、カイト。離せ…!」

 

流石に僕の様子が可笑しいと思ったのか、マスターは僅かに抵抗を始めた。

腕をちぢこませて僕の身体を押し返そうとする。

けれど僕を傷つけないように手加減してくれているのがわかって、それがまた嬉しかった。

ふう、と息を吐くと、マスターの髪の毛がふわりと揺れる。

マスターはそれにびくっと身体を揺らした。

 

「マスター…好きです。」

 

そして完全に動きを止めた。

頭に熱が集中していて思考が暴走しているのかもしれない。

気が付いたら呟いていた一言を皮切りに、僕の言葉はあふれ出した。

 

「好きです、マスター。」
「…やめろ」
「好きです…好きです。………愛して、」
「やめろ!!」

 

ドン、と強く突き飛ばされた。

一瞬衝撃で息が詰まり、言葉が止まる。

そしてこの行動が意味することを理解する。

 

(拒絶された)

 

急激に頭が冷めていく。

僕は何を…どうしてマスターが一度離せと言った時に離さなかった?

拒絶された。

 

…嫌われた?

 

 

 

僕はマスターに また 嫌われた