このままでいいのか、わからなくなってきた。
「ただいまー、カイト。」
「おかえりなさい、マスター。」
カイトを外に出さないようにしてから一ヶ月が経った。
カイトは文句一つ言わないし、どうして?なんて理由も聞かない。
前のマスターとやらとは音沙汰もなく、俺が気にしすぎていたのかもしれない。
となれば、もうカイトを家に軟禁状態にする必要は全く無いんだけど。
(なんで外に出す気になれないんだろう)
この小さな家の中に居る限り、カイトが帰ってこないんじゃないか、なんていう不安とは無縁だ。
カイトはこの状態に何も言わないし、いままでと同じ様に俺と接している。
最初は気を使ってるのかと思ったが、そういうわけでもなく本当に気にしていないらしかった。それなら、このままでもいいんじゃないかなんて思うのは、可笑しいことなのか?
「カイトー。」
「何ですか?マスター。」
座って洗濯物を畳んでいるカイトの背中にもたれかかる。
暖かいカイトの温度と、心地よい声が上から降ってくる。
幸せだと、思う。
「このまま寝る。」
「え?僕、洗濯物畳み終わったら動きますよ?」
「ダメ。」
「えぇっ、そんな!」
クスクスと笑い混じりに言っているということは、カイトもこの会話がじゃれあいだと分かっているということだ。
最初の頃はそれこそ、本気で焦っていたらしいけど。
(だんだん反応が人と同じになってきてる)
それも、親しい間柄の人に対する反応。
それはカイトの内側に俺は入っているということで、そのことがとても嬉しく感じる。
「……まずいな」
「何がですか?」
「……この体勢、ちょっと辛い。」
「そ、そんな事言われても…ベッドで寝たほうがいいんじゃ無いですか?」
「やだ。」
「…なんだかマスターが大きな子供みたいです。」
「うるせー。」
まずい、というのは無意識に口から突いて出た言葉だった。
なんとか取り繕うことが出来て息を吐く。何がまずいって、俺が思ったよりもカイトは俺にとって大事な存在になっているようだ。
ただ、拾ってきただけのボーカロイド。
そう、コイツはボーカロイドだ。
(人じゃないのに好きになっちまった)
背中に耳を寄せても、心臓の音は聞こえない。
その代わりに聞こえるのは、本当に小さな機械音。
人じゃないことを思い知らされる。
それでも俺はカイトが好きでしょうがない。もう手放せないくらいには。
「……カイト。」
「今度は何ですか?マスター。」
「ずっと、ここにいろよな」
服を掴んで背中に額を寄せる。
カイトは身動きもせず、何も言わなかった。
その背中に念を押すように一言だけもう一度呟く。
「ここにいろよ」
絶対に手放してたまるもんか
コイツは俺のだ
俺だけのもんだ
誰にもやらない
「マスターが望むなら、僕は何時までも貴方の傍に居ますよ」
暖かい声が降ってくる。
この声はプログラム。
ボーカロイドはマスターを慕う心をプログラムされている。
そして命令は絶対だ。
だから、俺が「傍にいろ」と言えば「わかりました」と答えるしか選択肢はない。
わかっているのに、嬉しいなんて
「…マスター?」
「絶対だからな」
「…はい。必ず傍に居ます」
(俺は相当歪んでる)
Sick
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ヤンデレへの一歩