ああ それでも僕は

 

 

真実

 

 

「マスターのこと好きかもしれない」

そう告げると、マスターは思いっきり驚いたような表情で僕を見た。
そして僕は思わず敬語を解いてしまって、自分のことを俺と言ってしまったことに気が付いた。
今まで僕って言ってきたんだし、これからも僕でいいか、なんてことを考えていると、マスターは僕の両肩をがしっと掴んだ。

「それは気の迷いだ」
「…はい?」
「だから、気の迷い。アレだ、カイトは俺にしか会ったことないからそんなん言ってんだって」

絶対そうだ、そうなんだ、と、僕に、というよりは自分に言い聞かせるようにしゃべるマスター。
マスターが言ったことを理解すると、ずきんと今まで以上に胸が痛んだ。

「マスター。俺は本気です」
「え、だから」
「マスターと居ると嬉しくて、幸せで、マスターに頭をなでられたりすると、ぎゅっと抱きしめたくなります。マスターが他の人の事を話すとき、すごく胸が痛くて、ねぇマスター、これが恋じゃないのなら、一体なんの感情なんですか?」

一気にまくし立てると、マスターは呆気にとられて何もいえなくなっていた。
いつもの俺なら、マスターの言ったことに直ぐ同意していたからこそ驚いているのかも知れないけれど。
だけどコレだけは否定したくなくて

「俺はマスターが好きです。好きなんです。信じてください」

真っ直ぐにマスターを見つめると、我に返ったらしいマスターが目を泳がせた。
そして俺に視線を戻すと、マスターはまた目をそらす。

ふと、気付いた。
こういう事って、普通なら言うのをすごく躊躇うんじゃないだろうか。
もし、拒絶されたら、否定されたら、この感情も全部いらないものだといわれたら、俺は

そもそも男同士でこんな感情を持つのはおかしいんじゃないか?
マスターを、困らせてしまった。
どうしよう、マスターを困らせるつもりなんて無かったのに、

マスターに嫌われたらどうしよう、拒絶されたら?否定されたら?

 

いらないと いわれてしまったら

 

「カイト」

名前を呼ばれて、びくっと身体を震わせる。
いつの間にか意識が暴走していたようで、目に確かに映っているマスターが見えていなかった。
視覚センサーが壊れてしまったのだろうか、と心配になるが、でも今は鮮明に見えているので問題は無いだろう。
今はそれよりも、マスターを困らせてしまったこと、嫌われるかもしれないことのほうが重大だ。

「マスター、信じてください。本当に、俺は貴方の事が、」
「あのな、カイト。普通そういう感情は男同士じゃなくて、」
「男女の間でしか成立しないものだというのは分かっています、でも俺は、お願いです、信じて、マスター」

マスターの手をぎゅっと握って、祈るように額に近づけた。
握った瞬間びくっと手が震えたけれど、俺から手を離そうとはしなくて、少なくとも嫌われてはないのかも、と少し安堵する。
マスター、と小さく呟いて、ぎゅっと目を閉じた。

「俺は、本当に貴方が好きなんです」
「っそれが恋愛の好きじゃなかったらどーすんだよ!」
「マスターの言う好きと同じです!違う好きって、どういうことですか?」
「だから、それがプログラムだったら-------- っ」

 

 

プログラム?

 

 

ゆっくり顔を上げると、片手で口を押さえて、今自分が言ったことに驚いたようなマスターが居た。
気が付くと俺はマスターの手を離していて

「っ…ごめん、カイト」

マスターはそういうと、この場に居ることがいたたまれなくなったのか、走って部屋から出て行った。
少し後に、玄関のドアが開いて閉まる音がしたので、外に出て行ったんだろう。
俺はと言うと、ただぼんやりとその場に立っているだけで
マスターの最期に残した言葉が、頭の中で何度か反芻された。

そうだ、俺は人じゃない、歌を歌うためのアンドロイドだ。
マスターに好意を持つことは初期設定のプログラムに入れられていた。
つまり、この好意は、プログラムによるもの

 

おれのものじゃ ない ?

 

「っ……あ…」

急に自分の手が作り物に見えてきて、気持ち悪い。
爪も、指も、手のひらも、全部人じゃないまがい物だ。
感じるものは全て偽者で、俺は人じゃない。

人間じゃない。 

俺は、

気持ち悪い

プログラム

偽者

好き

気持ち悪い

マスター

俺、は

気持ち悪い

 

気持ち悪い?

何を考えてるんだ、俺は

気持ち悪いなんて感覚があるわけ無いのに

だって俺は、

 

 

ひとじゃないんだから

 

 

 

「…ははっ……馬鹿みたいだ、俺」

何が、好きなんだよ
全部、偽者で、感情なんて初期化されてしまえば何もかも無くなる空ろなものなのに
マスターを好きだというこの気持ちだって、最初に設定されたプログラム
俺の自我というものの全ては、プログラムなんだから
好きだなんて、まやかしにしか過ぎないじゃないか
そんなものの為に、マスターを困らせてしまうなんて、なんて愚かなことをしてるんだ

ぽた ぽたぽた

「あれ……涙は、出るんだ」

つくりものなのにな

「ふっ…はは、あはは、ははっ…は……っ」

ぼろぼろ流れてくる涙は止まらない。
息を吸うと、胸が痛くて、のどが詰まる。
声が、震える

「好き、です」

好き、好きなんです

たとえコレがプログラムだとしても、初期化すれば消えてしまうような虚ろな記憶でも、俺は

僕は 貴方の事を

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

カイトに酷いことを言ってしまったのは、自覚していた。
早く帰って謝らないと、と考えて外をふらつくうちに、気が付けばあたりは暗くなっていて。
帰った時には時計は真夜中を指していた。
謝ったところで、許してくれるとは思えない。
カイトの、最期に俺を見たときの痛々しい表情が頭に残っている。

「………カイト、起きてるか?」

いつもは起きているけれど、今日は眠っているかもしれない。
リビングに行くと、ソファーにカイトが横たわっていた。
眠っているのだろうか、と思ったけれど、その眠っている姿を見て、ぞくっと身体が震えた。
寝息も聞こえない、ピクリとも動かない。

「…カイト」

頬に触れると、いつもは寝ているときでも暖かいカイトの身体が、ひんやりと冷たくて

「カイト!」

カイトの身体を揺らすと、ピクリと腕が動いた。
小さいうめきと、何時だかと同じように顔をしかめて、ゆっくりと目を開ける。
キュイ、と小さな機械音が聞こえて、瞳が収縮した。

「…マスター?おかえりなさい。先に眠っちゃってすみません」

いつものように、カイトが笑う。

それが嬉しくて、じんわりと目に涙がにじんだ

「お前、冷たいし、動かないし、息の音も聞こえないし…死んだかと思った」
「マスター…俺は機械ですよ?機械は壊れても死にません」

ぽん、と俺の頭に置かれたカイトの手は暖かくて、優しい。
カイトはいつもどおりなのに、言った言葉が冷たく感じるのは、俺が負い目を感じているから?

「…ごめん、カイト、俺、お前に酷いこと言った」
「本当の事です。気にしないでください」

困ったように笑うカイトの顔は温かくて

「俺こそ、ごめんなさい、マスター。困らせてしまいましたね」
「困ってなんか…」
「マスター。俺は機械で、この気持ちも全てプログラムかもしれない。でもね、マスター。それでも、俺がマスターを好きっていうことには変わりないんですよ」

好きでいることは、許してくださいね。
と、いつもの笑顔で笑うカイトを見て、気付いた。

ああ この笑顔も、プログラムだ

 

 

(カイトのする表情の全てから以前のような人らしさが消えてしまったように思えるのは、どうして)

 

「カイト…?」
「?どうかしましたか?マスター」

そして、感じた。

カイトは俺から離れていく

 

(この日から、カイトは俺に必要以上に触れることは無くなった)

 

 

 

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渇望の続編。さらに続きます。