昔、作られたお話では、愛し合う二人は死後の世界で結ばれ、幸せになろうとしたらしい。

それは魂というものがある人間だからこそできることだろう、と思う。

 

じゃあ、ボーカロイドはどうなんだろう。

 

 

 

恋愛戯曲

 

 

 

「カイトって、魂ってあると思う?」

 

唐突に聞かれて、カイトは一瞬ぽかんと眼を見開いた。
スプーンですくったアイスがぽたりと垂れる。
ちょっともったいないな、と思いながら、ティッシュでテーブルを拭いた。

 

「わかりません。」
「……もうちょっと、こう、なんか考えてくれよ。」

 

きっぱりと返ってきた言葉に苦笑すると、カイトは慌てて謝った。
謝ってほしかったわけじゃなかったし、何となくで聞いたことだったから直ぐに俺も謝ったけど。

 

「マスターはどう思ってるんですか?」
「んー、俺もわかんない。…でも、幽霊はいて欲しくない。」

 

素直な本音を漏らして、ぶるりと身体を震わせる。
カイトがクスクス笑って俺の頭を撫でた。
リンとレンが見たらなんて言うだろう、とか思って顔を赤くしてしまう。
ちらっと、リビングに寝そべって昼寝している二人を見て、ほっと息を吐いた。

 

「でもさ、魂ってもんがあるなら、死んでもまたカイトに逢えるってことだろ?」
「わかりません。」
「へ?」
「仮に、魂があったとして、僕がそれを認識できるのか、わかりません。」

 

カイトは、淡々と述べた。
眼は真っ直ぐに俺を見てるけど、その眼は凄く泣きそうになっている。
俺が、死んだ後のことなんか話しに出したからいけなかったんだ。

 

「ごめん、カイト。泣くなよ?」
「泣いて無いですよ、マスター。」
「……生まれ変わっても一緒にいましょう、とか、漫画じゃよく使われる台詞だけどさ。」

 

カイトのアイスを一口貰いながら、ぽつりと呟く。
眼にうっすらと涙を張ったカイトは、首をかしげて俺を見た。

 

「俺等の場合は、死ぬまで一緒にいましょう、だもんな。」
「……マスター、死なないでください。」
「や、別に今死ぬってわけじゃねーって。つか……うーん……」

 

自分でも言いたいことがまとまらなくて、スプーンを咥えてカチカチと噛む。
すると、何故かカイトが顔を赤くした。
よくわからなくて首を傾げる。

 

「なんだよ。」
「いえ、その……間接キスですね、マスター。」
「ばっ………ばっかじゃねーの!?」

 

かっと顔に熱が集まるのがわかって、恥ずかしくて慌てて口からスプーンをとる。
カイトはそれでも顔を赤らめたままで、もじもじと眼を逸らして俯いた。
なんだ、その反応。畜生、可愛い。

 

「カイトって、時々可愛いよな。」
「マスターは常に可愛いです。」

 

恥ずかしがらせる為に言った言葉なのに、カイトの言葉で逆に俺が恥ずかしくなった。
常に可愛いって、なんだそれ、惚気か。

 

「そういうの本人に言うんじゃねーよ……!」
「言わないと、伝わらないじゃないですか。」

 

カイトの言葉にう、っと息を詰まらせる。
なんだか、カイトは時々こっちが驚くようなことを言ってくるようになった。
人らしいっていうか、人だからこそ思うようなことを。
その度に、俺は驚いて息を飲むんだけど。

 

「マスター、今、何を考えてるんですか?」
「何、って……」

 

昨日、寝る前に読んでた本のせいか、妙に感傷深くなっている気がする。

誰もが知って居る、悲劇のお話。

毒薬を飲み、胸を突き

この世界にサヨウナラ

 

「……………この幸せが、一分でも長く続きますように……なんて……」
「僕も、そう願ってます。」

 

クサい台詞だったかと苦笑したのに、カイトは幸せそうに笑って俺の言葉に同意した。
なんだか恥ずかしくなって、眼を逸らす。

 

「リンも、レンも、マスターも、皆でずっと笑っていられたらいいですね。」
「…………。」
「……何か、足りませんか?」

 

俺が視線をそらしたまま、何も答えないでいると、不安になったのかカイトが恐る恐る聞いてきた。
ちらっとカイトに眼をやって、わざと顔を逸らす。

足りない。

足りなさ過ぎる。

 

俺が、昨日なんで恋仲の二人に自分とカイトを置き換えたのか、わからないだろ。

 

「……僕、ホントは、」
「…………。」
「マスターと、キスしたいです。」

 

ガタンッと音を立てて、椅子ごとひっくり返ってしまった。
なんで、今ココでそんな事になるんだ!?
俺はただ、「もっといちゃいちゃしたいですね」、とか、「ずっと恋人でいたいです」、とか、そんなことを期待したのに!

 

「マスター、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫…つか、おまえ、いきなり……」
「ち、違いましたか?僕、もっとマスターとくっついていたいって思っただけなんですけど…あれ?キスって言いました?僕…!」

 

どうやら思った事と言った言葉が違かったらしく、カイトはぼっと顔を赤くした。
俺を助ける為に差し伸べられた手を掴むと、そこがとても熱くて、カイトが火照っているのがわかる。

なんなんだ、コイツ。
ドキッとするようなことを言ったかと思えば、すぐコレだもんな。
イマイチかっこよく決まらないヤツだ、と思っていたら、すっと俺の頬にカイトの空いているほうの手が添えられた。
ん?と思って顔を上げた瞬間、

 

ちゅ

 

「……………」
「……えーと……マスターの唇、柔らかかったでぶふっ」
「このバカイト!!変態!スケコマシ!」
「ちょ、痛いですマスター、叩かないでください!っていうか、スケコマシはなんか違う気がしますよ!僕、マスター以外にこんなことは……」

 

顔を真っ赤にしてカイトをぽかぽか殴っていると、突然カイトが眼を見開いた。
その眼は俺の背後にいっていて、ん?と思って俺も振り向く。

 

「カイトお兄ちゃんと、マスター……今、」
「キスしてたね。」

 

驚いて固まるリンと、淡々と事実を述べるレン。
え、いつの間に起きて…いや、これだけ騒いでれば起きてるのも当然か。
っていうか、見られた。今、見られ……ッ!!!

 

「カイトのせいだぞ!!?あーッ!!はずい!!恥ずかしいッ!!」
「いたっ、痛い、痛いっ!見られたのは僕のせいじゃないですよ、マスターっ!」
「お前が、キスなんか、しなきゃ、見られない、だろう、がっ!!」

 

完全に羞恥で頭が沸騰してしまって、自分が何を言ってるかもわからなくなってきてしまった。
とにかくカイトを殴って怒ってしかりつけ、リンとレンを放置して走って自分の部屋に駆け込む。
後ろからカイトが呼ぶ声が聞こえたが、知ったことか。

リンとレンへの言い訳をカイトに押し付けて、俺はとりあえず気を静めるべく、ベッドに顔を埋めてブツブツと呟いていた。

 

(ああ、ほんと、はずい、恥ずかしい、つか、キス………)

 

はた、と気付く。

そういえば、リンとレンが来てから、キスってしたことなかったんじゃないか?

 

「…………………」

 

そう思うと、どきどきと鼓動が煩くなった気がした。

久しぶりに、いちゃいちゃしてた?

 

(………俺、気持ち悪……)

 

乙女ちっくな自分を想像して、顔に不快感を露にする。

それと同時に、トントンとドアを叩く音が聞こえた。

 

「あの、マスター、僕です。その…リンとレンには言っておきましたから…えっと………あけてもらえませんか?」

 

優しい声色。

カイトの、声。

 

「………ったく、しょうがねぇなぁ……」

 

カイトに向けて言ったのか、自分に向けて言った言葉なのかわからないけれど、とにかく俺は立ち上がった。

俺とカイトが一緒にいられる時間は、あとどのくらいあるんだろうか。

きっと、そんなに長くは無いんだろうと思う。

つまり、この時間を無駄には出来ないってことだ。

 

(羞恥に負けて、一緒にいる時間を減らすなんてもったいないじゃないか)

 

俺はゆっくりとドアを開けて、カイトを見て、口を開いて---------

 

 

 

 

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このあとマスターは何をしたのか。