目を開けたとき、目の前にはカイトがいた。
カイトの青く澄んだ目が見れた。
俺はそれだけで、何故か幸せになった
最初で最期の幸福論
カイトは怯えた表情で、目に涙を溜めていた。
俺を起こすためにはたいたことが、そんなにショックだったんだろうか。
それ以前に、俺が気絶して目を覚まさなかったことが、カイトの思考がマトモに動かないほどの衝撃だったらしい。
俺はそれを理解するのに時間が掛かった。
火照った身体は上手く思考がまとまらず、理解できたのは二つだけ。カイトが泣くのは嫌だってことと、
俺はやっぱりコイツが好きだなぁって それだけ。
「貴方の傍にいられる方法を、教えてください」
カイトがそう言って、抱きしめていた俺を放したときやっと思考が回りだした。
どくどくと煩かった鼓動が急激に収まっていくのを感じる。リンとレンが水と氷を俺に手渡すと、今度は着替えを取りに行って脱衣所から出て行った。
あ、そういえば俺ってタオル身体に巻いてるだけじゃん、と理解して、
「………っ!!」
「…?マスター?」
「かっ、カイト!後ろ向け!!後ろっ!!」
「え?あ、は、はい」
慌ててタオルをしっかりと抱きしめて、カイトに後ろを向くように指示をした。
かあっと顔に熱が集まってくるのが分かる。
前にも一度風呂でカイトに助けられたことはあったが、こんなに恥ずかしいと思わなかった。
だって男同士だぞ?寧ろ、前はカイトのほうが恥ずかしかったぐらいで…。
「あの…マスター?」
「なっ、なんだよ!」
「いきなりどうしたんですか…?」
「どうしたもこうしたもっ……べ、別に!!」
ぎゅっと身体に巻きつけたタオルを握って、声を張り上げる。
恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
はた、と気が付いてカイトを見ると、カイトの服は濡れていた。
多分俺を抱えた時に濡れたんだろう。
前もこんな事があったなぁ、なんてのんびりと思って
(………俺、やっぱり…)
カイトの首筋が目に入る。
さらさらとしたカイトの髪が、わずかに揺れていた。
どうやらカイトは俺の様子を見たくて仕方が無いらしい。
そっと手を伸ばして、カイトの肩に触れる。
「……マスター?」
「カイト」
自分でも、都合のいいヤツだと思う。
っていうか、毎回こんな目にでも遭わないと分からないのか、俺。
いつも俺かカイトが危なくなって、初めて気が付く。
大切なものは失ってから気付くと良く言うけど。
「傍に居て」
背中に頭を押し付けた。
俺の頭はびしょびしょに濡れてるけど、どうせカイトの服はもう濡れてしまっている。
カイトは一度喉を鳴らして、身体を硬くした。
「だめだ、俺。忘れろって言ったのは俺なのにさ、怖くてしょうがねーの。」
「……何がですか?」
「カイトが俺から離れていきそうでさ。怖い。」
例えば
俺がカイトを手放したとして、新しいマスターがお前に出来たとして。
そうしたら、たとえ俺との記憶があっても、新しいマスターの方へ愛情は移ってしまうんじゃないか、とか。俺の愛情を注がれた記憶を忘れたカイトは、俺をそれでも愛してくれるのか、とか。
もしも、俺よりもカイトに愛情を注ぐ人が現れたら、カイトはそっちに行っちゃうんじゃないか、とか。
怖いことはたくさんあって。
それらの全てが、カイトを失うことに直結している。
「お前の中の俺の記憶がお前を苦しめてるなら、忘れたほうがいいと思ったんだ。」
「そんな…僕は苦しんでなんか、」
「だって、今さっきだってお前、壊れそうで」
俺のせいで壊れないでほしい。
笑っていて欲しい。
傍に、ずっとたとえ俺の事を好きじゃなくても、笑っていてくれるなら。
「でもさ、やっぱだめだ。…俺って欲深いのな。」
「そんなことないです、マスターは謙虚です。」
「……なんか言うタイミングと言葉が違う気がすんだけど。いいや、もうちょっと聞いて。」
「…はい。」
カイトは俺の言葉に逆らわない。
好きって言って って俺が言えば、多分心に無くてもカイトは言葉を紡ぐ。
傍にいてって言えば、カイトはずっと俺の傍に居てくれる。
でも、それじゃ嫌だから。
「傍にいて欲しい。」
「…僕はマスターの傍に居ます。」
「で、俺の事好きって言って欲しい」
「…僕は、マスターが好きです。」
「でさ、いちゃいちゃしたり、色々したい。」
「……僕もです。」
「だけど、それが俺が言ったからそうするってんだったらしないでほしい。」
カイトの背中に頭をつけたまま、目を閉じる。
カイトはここにいる。
俺の傍にいてくれる。
だけど、それがカイトの意思じゃないなら、いやだ。
いつからかそう思うようになっていて。
「お前の意思で、俺の事好きって言ってくれんならそれだけで幸せだ。」
カイトの背中から頭を離した。
丁度そこにリンとレンが来て、服を俺に渡してくれる。
「マスター、次から気をつけてよねっ」
「うん、そうだな。」
「マスター、水、足りなかったらまた持ってくるよ」
「もう大丈夫だよ。カイトと一緒にリビングもどっててくれな。」
カイトは顔を上げて、俺を見た。
俺はカイトに笑いかけて、レンがカイトの手を引いて連れて行くのを見る。
カイトは脱衣所から出る直前、俺の方を見たまま
「マスター、僕はとっくに自分の意思で選んでたんですよ。」
そう言って、嬉しそうに笑った。
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「マスター、おいしいですか?」
「ん、美味いよ。料理上達したよなー…。」
夕飯を食べる時間はかなり遅くなってしまった。
料理は温めなおすことになったけれど、それでもかなりおいしい。
確実に最初の頃よりも上達しているのが見て取れる。
「リンとレンも料理してみたらいいんじゃね?特にリンは女の子だしな。」
「できるよ!私、できるもん!」
「僕も出来るよ、マスター。」
「じゃ明日の夕飯担当はリンとレンな。カイト、お前サポート。」
「はい、わかりました。」
レンとリンを見て笑ってから、ふとカイトに眼を移した。
カイトも笑っていたけど、俺の視線に気付いてにこっと笑う。
嬉しそうに、幸せそうに。
カイトの唇が動いた。
『すきですよ、マスター』
「………馬鹿じゃねーの」
「え?マスター、何?」
「あ、や、なんでもねーよ。」
カイトがクスクスと笑って、俺を見る。
なんていうか、やっぱり嬉しい。多分俺は、この先ずっと幸せなままだろうな、なんて
目の前で幸せそうに笑うカイトを見て、思うわけで。
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今回でこのカイトとマスターの連作は一応終わりとなります。
今後は長編として、ではなくて短編としてこの二人のお話を書いていくと思われます。
宜しければ、これからも二人をよろしくお願いします。