その時、俺は急に怖くなった。
本当にカイトなのかと 疑ってしまった
仮面
「俺、ちょっとコンビニに買い物に行ってくる」
「はい。いってらっしゃい、マスター。」
「マスター、いってらっしゃい。」
「ジュース買ってきてねー。」
三人に見送られながら、部屋を出る。
コツコツと歩きながら、ぼんやりと考えていた。
(……なんで、毎回同じ夢なんだ)
ここのところ見る夢は、決まって同じところから始まり同じところで目が覚める。
まるで何かを予知しているようで、ものすごく気分が悪い。
それが良い夢ならまた違っただろうが、それは悪夢だった。
(……カイト)
買い物につれてくればよかったかな、なんて思いながら、辿り着いたコンビニでアイスを買う。
リンの為にジュースを探しつつ、ふと目に入った青いソーダのパッケージで、夢がフラッシュバックした。
水の中
追いかけて、追いかけて
掴み損ねたカイトの手。
俺は何度もカイトを呼んで、水の中に手を伸ばすけれど届かない。
きっとカイトを助ける唯一のチャンスを、俺は逃してしまったのだと思った。
何故か水の中に沈んでいくカイトが見えるのに、それを追って行く事は出来なくて。
水の底に沈みながら、悲しそうに微笑むカイトの姿
「…………なんだってんだよ」
振り切るようにオレンジジュースと自分が飲むためのコーヒー牛乳をカゴに入れて、お菓子をあさりに棚を見に行く。
チョコとか食べるかな、と考えながら、手当たり次第おいしそうなお菓子をカゴに入れた。
一面が青の世界で、最期は必ず俺が一人で立っている。
自分の足元に沈んで消えたカイトを探しながら、一人
ひとりきりで
ありえないとは分かっているし、そもそもリンとレンは何処に行ったのかわからないような夢の話だ。
けれど、どうしようもない不安に駆られてしょうがなかった。
この間も、目が覚めた時にカイトに告げられた言葉に泣きそうになって、思わず縋ってしまうほど。
(情けねぇ……つーか恥ずい。)
思い出して少し顔に熱が集まったような気がする。
レジでお金を払って品物を受け取り、さっさと戻ろうとした時だった。
(……最悪)
入り口付近、五人ほどの男が集まってなにやら話し込んでいる。
その格好は、なんというか、まさに不良!と言う様な格好で、聞こえて来る内容も、誰かをボコるだのリンチだのそんな物騒な内容が聞こえて来る。
まだそんな奴等いるのかと小さく溜息を付きながら、どうやって出ようかと悩んでいた。ふと、五人のうちの一人と目が合う。
「オイ、何か文句あんのか?あぁ?」
(………ほんっと、最悪!!)
急いで目を逸らしたが時既に遅し、どうやら目をつけられてしまったらしい。
店員さんが慌てているが、助けてくれる気は無いようだ。
世間の冷たさに内心涙しつつ、とりあえず表向きは気丈な態度で接することにする。
「文句っていうか、店出たいんでそこどいてもらえますか?正直邪魔なんですよね」
「あぁ!?」
人の話を聞く気があるのかこいつ等は…。
大声を張り上げ、ずんずんと目の前に迫ってくる。
うわ、コイツ俺より身長高い。くそ、これでも平均はあるのに。
「チビのクセに、調子乗ってんじゃねーぞ」
じろじろと見られて気持ちが悪い。
というか、チビってどういうことだ。とふつふつと怒りがわいてきた。
俺はこれでも平均だと言ってやろうかとも思ったが、そんな事を言おうものなら穏便にはすまないだろう。
絡まれている時点で、穏便とは言いづらいが。
「えーと…とにかく、退いてもらえます?俺、別にアンタたちに用は無いんで。」
引きつった笑みを浮かべてそう言うと、なんと他の四人までずかずかと近づいてきてしまった。
あぁ、本当にどうしよう。学生時代、言葉遣いが悪いと先生に注意されたとき、素直に聞いていればよかった。
殴られるのはごめんだし、こうなったら一か八か店の中の人に訴えて、警察に連絡してもらおうかと思った時だった。
「すみません、退いてもらえますか。」
聞こえたのは、聞きなれたはずの澄んだ声。
「あぁ!?何だお前……」
チンピラの一人が振り向いたそこに居たのは、紛れも無くカイトだった。
(……カイト、だよな?)
青い髪も、目も、全部カイトだと俺に訴えているのに、俺はそれを素直に認めることが出来なかった。
余りにも違いすぎる。
(………怖い…?)
自分が今、カイトに抱いている感情を小さく言葉に出してみる。
俺の記憶しているカイトは、今までこんな表情を見せたことは無かったはずだ。
「何だ?コレの仲間か?」
そう言って、チンピラが俺の肩を掴もうと手を伸ばした。
カイトに目を奪われていた俺はそれに気付かなくて、強く肩を掴まれて初めて気が付いた。
痛みに顔を歪めた次の瞬間、あっさりと俺の肩は解放される。
「その人に触らないでください」
口調は穏やかなはずなのに、何時ものカイトの声じゃなかった。
柔らかく包むような声が、今は低く怒りを湛えたような、鋭い針のようで。
カイトの手がチンピラの手を払ったと理解するのにそう時間はかからなかった。
「行きましょう、マスター。」
「え、あ、カイ…」
チンピラは呆然としたまま、すんなりと俺達を通してしまう。
手を払われたチンピラは自分の手を見て呆然としていて、他の奴等の目には恐怖の色が浮かんでいたように思えた。
「……カイト…?」
背中しか見えないカイトに声を掛ける。
怖かった。
カイトが人を拒絶するような表情をするなんて、知らなかった。
俺を見て、微笑んでくれる柔らかい青の目が、鋭く暗い影を落すだなんて知らなかった。
声も、表情も、全て俺の知ってるカイトじゃなかった。
「……カイト……」
もう一度名前を呼ぶと、カイトが足を止めた。
振り向いた、カイトは
「良かった、マスター。怪我はありませんか?」
俺の知っている、優しい笑顔で、安心したようにそう言った。
「マスターが携帯電話を忘れて行ったので、届けようと思って来たんですけど…。」
「……コンビニなんて直ぐそこなんだから、携帯なんていいだろ…」
「そうですけど…マスター、何時も持ち歩いてましたから、無いと不便かなぁと思いまして。」
でも、届けに来てよかったですね、とカイトが苦笑気味に微笑んだ。
その表情と声は、俺が知って居るカイトだ。
俺の事を一番に考えて、心配してくれる、優しいカイトなのに。
「カイト……さっき、怒ってたのか?」
「え?」
「あの不良達…すっげービビッてた」
そういうと、カイトは一瞬目をぱちくりさせて、次に困ったように微笑んだ。
「そりゃ、怒りますよ。だってマスターに危害を加えたんですよ?」
でも無事でよかったです、と呟いて、カイトは俺の頬を優しくなでた。
その手は至極優しくて。
「………マスターも、怖かったですか?」
一瞬
その一瞬、カイトの目から感情が消えた気がした。
「 うん…怖いよ 」
半分冗談も含めて言った言葉だった。
本当に心の底から思った事だから口をついて出たのかもしれない。
次から、もっと穏便に済ませるようにしろよ、と言おうとした口をつぐんだ。
きっと、俺は言っちゃいけなかった。
いけなかったのに
「…そうですか。」
ごめんなさい、と小さくカイトが呟いて、俺の頬から手を離した。
「気をつけますね。」
そう言って笑ったカイトの表情は、
夢の中で見たあの泣きそうな笑顔と同じだった。
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ああ 俺は唯一のチャンスを掴み損ねてしまった