AM 1:00

真夜中、マスターも寝静まった部屋の中

僕はひとりで起きていた。

 

 

体温

 

 

何をするでもなく、ただぼんやりとソファーに座って宙を見る。
夜は嫌いでもないし、好きでもない。
でも星空は、綺麗だから好きだ。
だけど昼間はとてもすき。
だってマスターが居るから。

「…………。」

睡眠はとる必要はないけれど、眠れないわけではない。
何もすることがないんだし、眠ればいいとも思うんだけれど、どうしてもそういう気にはなれなくて。

眠ると、何も見えない暗闇が待っている。

夜は暗くても、見えるから。

「カイト…?」
「あ…マスター、どうしたんですか?」

ドアが軋んだ音がして、それとほぼ同時にマスターの声が聞こえた。
慌てて振り向くと、眠そうに目をこすったマスターが僕を見ていた。

「水飲もうと思って…」
「じゃあ、僕が用意しますね」
「ん………」

ぼんやりとマスターが返事をするのを聞いて、キッチンに向かう。
僕が水を持ってくると、マスターはソファーで船をこいでいて、思わずくすっと笑ってしまった。

「マスター、お水持ってきましたよ」
「ん……」

肩をたたいて水を差し出すと、マスターはのそのそと僕からコップを受け取って、ごくんと一口水を飲んだ。
それで目が覚めたのか、ごくごくとコップの水を飲み干して、僕にコップを返す。

「サンキュ。」
「いえ」
「…ところでさ、何でカイトってば起きてんの?」

キッチンにコップを戻そうとすると、マスターが僕に話しかけてくれた。
コップを戻してからマスターの問いに答える。

「もともと、僕は寝る必要がないんです。」
「…ふーん。でも、暇だろ。一人でずっと起きてるの。」
「そうでもないですよ。星を見るのは好きですから」
「…でもさ、寂しくない?怖いとかさ」
「…………」

怖い

何も無い暗闇

僕が僕である確証が持てない暗闇

また僕が僕としていられるかどうかわからない 暗闇

「……いえ、寂しくないです。それに、夜は全然怖くないですから」
「………」

心配させないように微笑むと、マスターが少し怪しむような顔で僕を見る。
何か変なことをしただろうか…?

「マスター…?」
「…よし、じゃあ一緒に寝るぞ」
「へ?」
「ホントは怖いんだろ?だから、一緒に寝てやるよ」

そういうと、マスターは僕の手を引っ張って自室へと連れて行こうとしてくれた。
どうやら微笑んだつもりが、ちゃんと笑えていなかったらしい。
マスターは、僕が怖くて眠れないんだと思ったみたいで僕をベッドに先に入れると、それから自分も中に入った。

「あの、マスター…」
「なんだよ、いいから寝ろって」
「でも、僕…」
「寝、ろ。」

念を押すように言うと、マスターはじっと僕の目を睨むように見た。
なんだか恥ずかしくって、顔に熱を感じる。
ボーカロイドでも赤面するのか、と思いながらも、睡眠に対する恐怖は消えないままだった。
眠りに付くために体中の電源を切るということ。
朝に目が覚めるようにタイマーをつけても、それまでの時間の僕の意識はない。
完全な闇が 怖い と

それでもマスターが眠れと言うのだから、従わなくては。
マスターの言うことは絶対だ。
そう思って、目を閉じてシャットダウンしようとすると、ふと、指先に温もりを感じた。

「…マスター?」
「お前って時々子供みたいだよな、一人で寝るのが怖いなんてさ。こうしてれば平気だろ」
「……ありがとうございます、マスター」

マスターに握られた手のひらが温かくて、嬉しくて。
微笑んでから、もう一度目を閉じた。
シャットダウンするために息を整える。先ほどよりも和らいだ恐怖。

 

 

少しずつ意識が無くなるけれど、最期までマスターの温もりを感じていた。

 

(マスターの体温が暖かくて マスターは何度も僕を暗闇から助けてくれる)

 

朝、目を覚ますと、マスターに抱き枕にされていた。

 

 

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抱き枕にされたまま、硬直したある日の朝