リンとレンに、何て言ったらいいんだろう
歯車
「カイトお兄ちゃん、アイス私も食べるー!」
「僕も…」
「うん、ちょっと待ってね」
カイトに懐いて、リンとレンがちょこまかと後ろを付きまとうのを見て、小さく息を吐いた。
昨日の夜聞いてしまった二人の会話を思い出す。カイトの居場所を取る、なんて
なんでそんな事を考えたのか俺にはわからない。
だけどきっとそれは出来ないことなんだろうとは、分かる。
(だって、俺にとってカイトは)
何よりも大事な存在だ。
色々あって、ようやく恋焦がれていることに気付いたというのに。
(手放すなんて、絶対に嫌だ)
こんな感情を持つなんて、昔の俺じゃ思わなかっただろうな、と思って、不意に苦笑が零れた。
カップアイスを二人に渡すカイトを見て、とくんと鳴る心臓に手を当てる。
少女マンガみたいなことを言うけれど、俺は今凄く幸せだ。
だから、カイトの居場所は譲れないわけで。
(あの二人は二人で、ちゃんと好きなんだけどなぁ)
あの二人はそれでは足りないのだろうか。
俺がカイトに持つような感情を、普通だと思っているのかもしれない。
となると、そこから誤解を解かなければならないのだけど、そうなると問題が出てくる。俺とカイトの関係は異常だ と、認めなくちゃいけない。
(……ただ、好きってだけなんだけどなぁ)
好き。
なんでこの感情に種類なんかあるんだろう。
恋愛感情も、普通の家族愛も、好き なのに。
相手が違うだけで、異常だなんて
(二人はカイトとは別だけど、好きで、ちゃんと居場所があるんだよって言えたらいいんだけど)
これであの二人が納得してくれるかどうかわからない。
少なくとも、カイトの前でこの話は出来ない。
この間歌わせたとき、俺に捨てられることをあれだけ恐れたカイトなんだから、きっとリンとレンに、今までどおりの対応が出来なくなる。
ぎこちない三人を見たくは無いし、となると、やっぱり俺と双子だけで話をするべきなんだろうけど。
「……カイトー。」
「はい、マスター。なんですか?」
俺が声を掛けると、嬉しそうに笑うカイト。
なんとなく、リンとレンに向ける顔とは違う気がして、少し嬉しい。
(こういうのを双子も感じてるから、あんなこと思うんだろうな)
「アイス、なくなりそうだろ?何か好きなの買ってこいよ」
「えっ……いいんですか?」
「ん。予算は千円以内な。」
そう言って千円札を渡すと、妙に緊張した面持ちになった。
まるで始めてのお使いをする子供みたいだ。
「ぼ、僕一人でですか?」
「リンとレンに買い物は任せらんねーし。俺、課題やんなきゃなんねーし。」
大学で出たレポートがあるのは本当だ。
もうほとんど終わってる状態だけど、この際口実に使わせてもらおう。
カイトは覚悟を決めたのか、千円札をポケットに入れて、
「じゃ、じゃあ、行って来ます!」
「おー。行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」
「行ってらっしゃい」
俺達に見送られて、かなり緊張した様子で出て行った。
そういえば、今までカイト一人で買い物させたことはなかったな、と、ぼんやりと思う。さて、カイトが居ないうちに、二人に確認を取っておかないと。
「リン、レン。ちょっと良いか?」
「何ー?マスター。」
「何ですか?」
呼ぶと、とことこと寄ってくる二人。
純粋そのものの、子供のような二人。
(…カイトの最初の頃に、少し似てるかも)
自我も何もない、ただ俺の言葉だけを忠実に守ってたカイト。
初めて会ったときのことを思い出して、随分とカイトも変わったものだとしみじみと思う。
少なくとも、最初の頃なら、さっきのような緊張した顔は見せなかったはずだ。
というか、俺が気付けなかったと思う。
「昨日の夜、何の相談してた?」
ずばり確信を聞くと、二人は言葉を詰まらせた。
二人して眼を合わせ、再び俺に眼を戻す。
「マスター、聞いてたの?」
「少しな。」
「マスター、いけないことなんですか?」
「え」「居場所が欲しいって思っちゃいけないんですか?」
リンとレンの真っ直ぐな視線。
ガラスのような、綺麗な瞳が俺を射抜く。
(なんか、偽善者トークになりそう)
ぼりぼりと頭を掻いて、小さく息を吐いた。
「んー、悪くはねーんだけど、さ。」
「じゃあ、カイト兄さんの居場所を取ろうとしたことがいけないんですか?」
「うん。それは駄目。」
「どうして?」
「そしたら、カイトの居場所が無くなるだろ」
交互に話しかけてくる二人と会話をしていると、一人の人としか話していないような錯覚に襲われる。
二人で一つのボーカロイドだから、考えてることも似ているらしい。
交互にしているのに会話が繋がっているから、少し混乱しそうだ。
「カイトの居場所は、カイトだけのものだから。」
「マスターにとって、カイトお兄ちゃんはどんな居場所を持ってるの?」
「僕等はどんな居場所にいるんですか?」
「え、と」
「カイトお兄ちゃんにとって、マスターはどんな居場所にいるの?」
「僕等はどんな居場所を持ってるんですか?」
「マスターは、私達を好き?」
「カイト兄さんへのスキとは違うんですか?」
「マスターのスキって、どんなスキ?」
「カイト兄さんの好きも、一緒なんですか?」
二人の質問が早すぎて、答えられない。
間に声を挟む隙も無く、次々と質問が飛んでくる。しかも、その内容が、
(この二人、好きの種類がわからないのか)
「ストップ。ちょっと落ち着け。順番に答えるから」
そういうと、ぴたっと二人が口を閉じた。
カイトなら、でも、と言って理由を求めるんだろうな、なんて思ってしまう。
「えーと、俺にとって、カイトは大切な存在なの。お前らも勿論そうだけど。」
「僕らとカイト兄さんは、同じ居場所なんですか?」
「…少し、違う。かも。」
「同じなのに、違うの?」
「うん。好きにも種類があるんだよ」
「どんな種類ですか?」
「恋愛としての好き、とか、友達としての好き、とか、家族としての好き、とか」
一言一言を噛み締めるように話す。
もしも間違った言葉を使えば、この二人はそのままを覚えてしまう。
純粋だからこそ、間違ったことを教えちゃいけない。
「カイトお兄ちゃんは、どの好きなの?」
「…恋愛感情、だよ。」
「僕等は?」
「家族として、だな。」
「どっちのほうが大きいの?」
「どっち、って……」
「僕らが知りたいのは、マスターの中で僕らが一番にいるかどうかです」
「マスターにとって、私達が一番になりたいの」
二人の純粋な目が、俺を見る。
その眼は純粋に、俺への好意を映していて
初日に嫌ったようなそぶりを見せたのに、今じゃ全く逆で
「…なんでそんなに、一番になりたいんだ?」
「だって、一番になったら捨てられないでしょ?」
「大事にしてもらえるでしょ?」
「…俺は、ちゃんと二人も大事にするよ」
「じゃあ、僕らが一番ですか?」
「マスターの中で、私達が一番?」
なんて言ったら、いい?
二人が一番とは言い切れない。
だって俺は、カイトが特別な存在だと思ってる。
じゃあ、一番じゃないと言ったらいいのか?
そうなると、二人はカイトの居場所を取ろうとする。
上手く教えられない自分が嫌になる。
どうする?どう言えばいい?
好き
純粋に、それだけなのに
「……リン、レン。」
「何?マスター。」
「何ですか?」
俺は今、どんな顔をしているんだろう。
「ごめんな」
きっと、酷く情けない顔をしているに違いない。
「多分、俺の一番は、カイトだけだ。」
情けなく、泣きそうな顔で笑ってるんだろうな。
なんで、俺はカイトじゃなきゃだめなんだろう。
アイツが居ないなんて、考えられない自分が居る。
「お前たちの事は、ちゃんと好きだし、大切。」
「…一番には、なれないの?」
「…ごめんな。」
だけど、俺がカイトを必要とするように、二人が大切に思う人も別に居るはずだ。
そう、続けたかった。
だけど
「っじゃあ、どうして私達を買ったの!?」
リンの悲痛な声に、俺は言葉が出せなかった。
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ヤンデレに見えますが、双子はいたって正常です。
むしろ、マスターのほうがヤンデレ気味。
双子がマスターに執着する理由は次回。