奏でなければ もっと綺麗に

リンとレンに負けないように

 

 

動作

 

 

二人が着てから数日が経った。
僕に懐くリンとレンは、少なくとも日常的な会話はマスターとしてくれるようになった。
何度もマスターは良い人だと説明するのだけど、どうして僕にだけなつくんだろう。
三人で遊んでいるうちに、マスターがじと目で僕を睨むのが怖かった…。

 

「んじゃ、歌ってみるか」
「はい、マスター。」

 

それでも久しぶりにマスターが曲を作ってくれた。
新しくきたリンとレンも一緒に歌う明るい曲。
リンとレンにとってはこれが始めての歌になる。
マスターに渡された歌詞を見ながら、ちらっとマスターを見た。

マスターも、嬉しそうだ。

 

「いくぞ」

 

タン、とマスターがパソコンのキーを叩いた。
それと同時に、曲が流れ出す。

さあ、唄いだそうと息を吸った次の瞬間だった。

 

流れ出すのは、綺麗な高音

 

ワンコーラス先に入ったリンの声
それにハモるように、若干低いレンの声が重なる。
その声に、僕は歌いだすタイミングを忘れてしまった。
曲が止まって、初めてその事に気付き、慌ててマスターに頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい、マスター!あの、その……」
「ん、大丈夫。気にすんな」

 

それより、とマスターがリンとレンに目を向けた。

 

とたん、ざわめく体。

 

「お前ら、凄いな。いきなりであんだけ唄えるんだ」
「それはもちろん。」
「そういう風にプログラムされてますから」

 

リンとレンが誇らしげに胸を張る。
マスターがそれを見て、笑う

 

嫌だ

 

「んじゃ、もっかいな。カイト、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
「ん。行くぞ。」

 

タン、と再びマスターがキーを叩く。
リンとレンの声が響く。
僕は口を開いて、唄う

 

 

歌が 声が

旋律を思うように奏でられない

違う こんなのじゃない

もっと透き通った歌声で奏でなければ

どうして奏でられない?

どうして思うように唄えないの

僕の声はこんなにノイズが入っていた?

リンとレンのような、透き通った声じゃなかった?

最初から、ずっと

 

それでも僕は奏でなければ

 

リンとレンのような声で奏でなければ

 

ふと気が付いたら音楽が止まっていて、マスターが呆然と僕を見ていた。
嗚呼、マスターに失望されてしまった?
どうしよう、どうすれば僕は見捨てられずに済むだろう。
リンとレンには叶わない旧型のボーカロイドでも、どうやったら此処に居られるのか。

どくんどくんと心臓が高鳴るような気がした。
動揺しながら横目でリンとレンを見ると、二人も呆然と僕を見ていた。

嗚呼、二人にもきっと失望された。

先輩であるはずのボーカロイドが、こんなにも歌声が汚いと

 

「……カイト」
「はい」

 

どくんと心臓が跳ね上がる感覚。
心臓は無いのに、どうしてこんな感覚がある?

 

まるで人間みたいじゃないか

 

「まるで、人間みたいだ」

 

マスターの言葉が、僕が思ったことと同じだったことに一瞬頭が真っ白になった。
それがどういう意味なのかわからなくて、マスターを見る。
すると、

 

「お前、いつからそんな歌い方するようになってた?」
「どんな歌い方ですか」

「どんなって……だから、人間みたいな。感情を込めた、歌い方」

 

それが僕にとって良いことなのか悪いことなのかわからなくて首を傾げる。
思うように声がコントロールできないことが、人間らしいのだろうか。
それが人間らしいというのなら、ボーカロイドの理想はいつでも思うように唄えること。
そう考えれば、悪いという事になるのだろうか。

 

「多分、今のカイトなら、歌で人を泣かせられる。」

 

すごいよ。と言われて、目を見開いた。
これはマスターにとってすごいこと。
ならば、これは僕にとっても良いことだ。

 

「元々歌の技術があるし、一流の歌手だな、カイト。」

 

褒めすぎかも。と言いながら、マスターが僕の頭をなでてくれた。
その顔が、凄く嬉しそうで

 

「……カイト?」

 

ぽたりと、僕の頬から何かが落ちた。

目の前が歪んでマスターが見えない。

ぽたぽたと、流れ落ちる雫。

 

「オイ、何で褒めてんのに泣くんだよ。泣くな!」

 

ぐいっと流れ落ちる涙を拭ってくれるマスターの手が暖かい。

 

「上手く、唄えていないと思ったんです」

 

息が詰まって、上手く息が出来ない。
ひくっと時々しゃくりあげながら、唇を動かす。

 

「マスターに、失望されるかも、って」

 

思って。

 

「だから、嬉しくて」

 

そう思ったら泣いていました。
そう続けると、マスターは小さく馬鹿と呟いて、僕の涙を拭ってくれた。

 

「絶対ありえないから、安心しろ。」

 

だから泣き止め。

 

「お前の弟分と妹分も見てんだから。」

 

ぽん、と頭をなでられて、僕は慌てて目を拭った。
嗚咽も止まり、何とか通常の状態に戻す。
感情の高ぶりも収まって、なんだか恥ずかしくなってきてしまった。

 

「あ…えーと、いきなりごめんね?」

 

リンとレンに苦笑を見せると、リンはまだ唖然としていたけれど、レンは笑顔を返してくれた。
そのレンに肘でつつかれて、リンもやっと我に戻ったようで、慌てて、気にしないで、と言ってくれた。
その言葉にほっとしながら、マスターに笑顔を見せる。

大好きです、マスター。

 

「わかってるって」

 

言葉にしたわけではないのに、マスターは僕が言いたかったことを分かってくれたみたいで、照れたように笑ってそう言った。
その笑顔と言葉に、僕はまた心臓があるような感覚を覚えた。

 

(もしかして、僕は人に近づいているのかもしれない。)

 

マスターと同じ、人間に。

そう思うだけで、また心臓が鳴ったような気がした。