今日、僕に妹と弟ができます。
波乱
「マスター、今日ですよねっ!」
「ん、今日だと思う。」
なんだか落ち着かなくて、そわそわと玄関とリビングを行ったりきたりする。
最初は不安だったけれど、マスターの言葉一つでこんなに楽しみになるなんて。
マスターはいつも、僕を嬉しくしてくれる。
「お前がそわそわしても早く届いたりなんかしねーから、ちゃんと座ってろよ。」
呆れ気味にマスターが呟き、さっき僕が淹れたコーヒーを一口飲んだ。
そうはいっても、楽しみで座ってなんていられないんですよ、マスター!
一緒に何を唄おうかな。
それ以前に、ちゃんと仲良くなれるだろうか。
不安と楽しみが頭をめぐる。
ああ、凄く唄いたい気分だ。
ぴんぽーん
「き、来ましたよマスター!!」
「だーっ、落ち着け!座ってろ!お前は!」
わあわあと慌てる僕をソファーに無理やり座らせて、マスターは玄関へと向かっていった。
マスターに強く言われては、僕は此処から動けない。
まだかな、まだかな、まだかな…!
そわそわと身体を動かしていると、マスターが戻ってきた。
手には、巨大な箱を重そうに持っていて
「………オイ、まさか、コレって」
マスターの顔が酷く引きつっている。
淡い黄色の巨大な箱。
マスターは見覚えがあるようで、リビングの床に置くとまじまじと眺めていた。
なんとなく、僕も見覚えがある。
この箱は、まさか、もしかして。
ぱか、とマスターが箱を開けると、そこには僕の弟と妹が、手を握って向かい合う形で、眠るように入っていた。
「…わあ、マスター、すごい。また当たったんですね。」
「…………………」
マスターは額に手を当ててものすごく憂鬱そうな顔をしている。
僕もマスターも、普通のソフトで届くと思っていたのに、まさかまたアンドロイドタイプで届くなんて。
まだ試験的にしか試されていないから、数千人に一人の確率でしか当たらない、試作品のボーカロイド。
僕と、同じ
「…部屋、もう無ェ。」
「じゃあ、僕の部屋を二人に当てたらいいんじゃないですか?」
「お前はどーすんの」
「マスターの部屋で寝ればいいじゃないですか。」
「………床の面積を探すほうがむずかしい部屋で?」
「僕が片付けますから。ね?」
「……………」
眉を寄せた表情のまま、しぶしぶといった様子でマスターが頷いた。
それを見て顔をほころばせながら、早速箱からリンとレンを抱きかかえて出してあげる。
マスターは箱の奥に入っていた説明書を読み始めていた。
読み終わるまで、と思って、リンとレンをまじまじと見る。
わあ、凄くまつげが長いなぁ。
二人とも同じ顔だ。レンのほうが、少し背は高いだろうか。
でも確か、リンがお姉さんなんだよね。
すごく無防備な顔。かわいいなぁ。
「……お前、なんか俺みたい」
「えっ?」
「俺、お前が家に届いたとき、おんなじことしたもん。」
じろじろ見回した。と、マスターはクスクス笑う。
マスターに、じろじろ見られてた?
そういえば、目を開けたとき、マスターは目の前にいて…
「はっ、恥ずかしいことしないでくださいよ!マスター!」
「お前も今してただろーが!!」
一気に顔がほてったのが分かって、恥ずかしくてマスターを見れなくなりそうだ。
そうか、じろじろ見られてたって知ったら二人も恥ずかしくなるよなぁ。
これ以上見ないでおこう、と思って、二人をソファーに座らせてマスターと一緒に説明書を覗き込む。
マスターは既に半分以上読み進めていて、こんなに細かい文章なのにすごいはやいなぁ、と、尊敬した。
「マスター、読むの早いですね」
「読んでねーよ」
「へ?」
「見出し見て、電源の入れ方以外の文章は飛ばしてんの」
そう言って、一気に数十ページほどぺらぺらとめくった。
まさか、マスター、僕の時もそんな読み方だったんですか?
そう思ってマスターを見ると、顔に出ていたのかもしれない。
「お前と一緒なら、お前の読んだんだから二度読む必要ねーだろ?」
二度手間はしない主義なんだよ、と付け足して、マスターはもう一度説明書に目を戻した。
成る程、そういうことだったんですか。
「カイト、リンとレンの右手首。」
「右手首ですか?」
アームウォーマーをずりあげると、手首の内側に少し膨らんだところがあった。
「そこのボタン押して。二人一緒に。」
「はい。」
膨らんだところを、二人同時にぐっと押す。
ぺこっ、とへこんだ感触と同時に、キュイン、と機械音が響いた。
どこからどう見ても人間なのに、やっぱり機械なんだなぁ、と、少し悲しくなった。
<<-----02 鏡音リン・レン 起動します ------>>
僕の起動の時も、マスターはこう思ったのかな。
ゆっくりと目を開く二人を見ながら、僕はぼんやりとそう思った。
そして次の瞬間、はっと我に返ってマスターを無理やり僕の前に引っ張った。
確か、目を開けて目の前にいた人をマスターと認識するはずだ。
マスターが僕に対して文句を言うけれど、これだけはちゃんとしないと、僕がマスターになってしまう。
ぱちっと目を開けた二人は数秒間何も言わなかった。
「…えーっと、俺の事、分かる?」
マスターが恐る恐る話しかけると、レンがこっくりと頷いた。
けれどリンは何も言わず、むしろじとーっと睨むような目でマスターを見ている。
何で?どーして?
「……貴方が、私のマスター?」
「そうだけど……」
「…背が低い。」
その言葉はマスターの心に見事に刺さり、マスターはうちひしがれて、うなだれてしまった。
力が抜けて僕にもたれかかっているマスターを支えながら、後ろから顔を出す。
その瞬間、リンとレンの目が輝いたのを、僕は見ていなかった。
「ま、マスター、ちゃんと立ってくださいよっ。」
「俺はもう駄目かもしれない………」
「そんなっ、マスター!」
ふふ、と力なく笑うマスターを支えつつ呼びかけて揺さぶった。
何とか一人で立ってくれたものの、ショックを隠せないようで、凄く不機嫌そうな顔をしている。
そんな顔をしたら、二人が怖がるのに。
けれど正直僕も怖い。
僕が尊敬するマスターまでざっくり切ってしまうなら、僕はもっと酷いんじゃないか!?
「えーと…………よ、よろしくね」
少し不安が残るけれど、出来る限り優しく笑いかけた。
反応は無い。怖い。
「……あの…僕はカイト。同じボーカロイド…なんだけど」
マスターにどうしよう、と視線を送ると、マスターは何もしようとはしない。
寧ろ、様子を見ているようで。
…心なしか、ざっくり切られることを期待されているような気がするのは気のせいだろうか。
「カイトさん。」
「へっ!?え、あ、何?レンくん!」
突然話しかけられて、びくっとしてしまった。
でもやっぱりボーカロイドだ。
僕より高いけれど済んだその声は、きっと僕より綺麗な歌声なんだろうな。
「…レンで良いです。」
「あ…じゃあ、僕の事も好きに呼んでくれていいよ。」
「……カイト兄さん?」
ぽそ、と、レンが首を傾げつつ、少し照れたように僕の名前を呼ぶ。
わぁ、可愛い。…って、コレって僕気に入られたってことなのかな?
マスター、やった…ってうわ!マスターすっごい僕睨んでる!!
明らかに懐かれなかったのに僕が懐かれたから怒ってる!!怖い!!
「ずるい!私もカイトお兄ちゃんって呼ぶー!」
「う、うん、良いよ?リンちゃん」
「やった!だから、私の事もリンで良いからねっ!」
レンに後ろから抱きつくように、リンが笑顔を僕に向けた。
わあ、ほんと可愛い。…でもマスターの視線が痛い。
「カイト」
「はいっ!」
マスターの声が、地を這うように低い!
凄く怒ってる、けど、なんかマスターの声って落ち着くんだよなぁ。
「……なんでお前、好かれてんの」
「え…そんなことを言われても……」
「だってカイトお兄ちゃん、背が高いもーん」
マスターが倒れた。
「マスター!!?」
慌ててマスターに駆け寄り、身体を抱えて呼びかける。
その後ろ、僕の後ろで、リンとレンが怪しく笑ったことに、僕は気付いていなかった。
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リンレンVSマスターのゴングが鳴りました。