僕にもう直ぐ弟と妹が出来る。
だけどそれは嬉しいことであると同時に、凄く不安なことでもあった。
ねぇ、マスター。
臆病
「カイト。」
マスターが後ろから抱き着いてきた。
いつもは僕がする側なのに、甘えてくるなんて珍しいなぁ、なんて思いながら、皿を洗いつつ首をひねってマスターを見る。
「どうしたんですか?マスター。」
「それ終わったら俺の相手して」
「?わかりました。」
いつもしてるのに本当に今日はどうしたんだろう、と思いながら、マスターから言い出してくれるなんて本当に少ないことだから、嬉しくて綻ぶ頬を隠せない。
今は夕飯を終えたところで、昼までのマスターを見ていても普段とはかわりなかった。
何かあったのかなぁ、と考えをめぐらすけれど、何も思い当たる節は無い。
となると、純粋に甘えているだけだろうか。
「マスター、終わりましたよ。」
「ん。」
手を拭いて振り向くと、マスターが今度は正面から抱きついてきた。
なんだか今日は積極的ですね、マスター。と言葉を紡ごうとして、その言葉を飲み込む。
すぐ目の前にマスターの整った顔があったからだ。
「マスター、どうし」
ちゅう
触れただけで、直ぐに離れて行く唇。
マスターの顔はもう目の前には無く、僕の服に埋められていた。
今、キスされた!?
うわぁ、マスターからのキスなんて初めてじゃないか?
ドキドキして顔が赤くなるのを感じながら、嬉しくてやっぱり頬は緩んでしまう。
「えと、マスター?」
「んー……?」
返事が間延びしている。
ああ、眠いのか。眠気が最大限だから、さっきから行動がおかしいのか。
思い当たると同時に、可愛いなぁなんて思ったりしつつ。
「マスター、眠いならベッド行きましょうか?」
「行く。」
やっぱり眠かったのか、と、僕から離れたマスターの手を引いてマスターの部屋へ向かう。
部屋に着くと、マスターはふらふらと歩きながらベッドにどさりと倒れこんだ。そしてその上に僕がどさりと倒れこんだ。
「マスター、手!放して下さいよー!」
「やだ。」
やだ、って、マスターが凄く子供っぽい。
マスターを潰さないようにマスターの顔の横に手をついていたおかげで、寝返りを打つぐらいのスペースはあったらしく、マスターが寝返りを打った。
ぱちっと至近距離で目が合って、僕の顔に熱が集まるのを感じる。
「………カイトって、さぁ。」
「は、はい?」
「俺のこと好きって言うわりには、自分から行動しないよな。」
じとーっと、マスターの目が僕を見ている。
そんなことはないような…と考えると、マスターの手が俺の頬に触れた。というか、つねった。
「いたたたたたた!」
「俺が言わなきゃなんもしねーって事は、結局は俺任せってことじゃねーか。」
「マスター、痛い!痛いです!」
「カイトは自分から俺とどうこうしようって考えたりしねーの?」
やっとマスターが手を離してくれたけれど、マスターのじとーっとした目は変わらなかった。
これは、どういうことだろう。つまりマスターは、
「マスター、そういうことして欲しいんですか?」
ぼっとマスターの顔が真っ赤に染まった。
リンゴみたいだなぁと思いながら、反応が可愛くてクスリと笑いをこぼす。
どうしよう、マスターがとても可愛い。
「ちげーよ!や、嫌ってわけじゃねーけど、その…」
「その?」
「今度、鏡音が来るだろ?」
「はい。」
「そしたら、お前世話好きだし、そっちに構ってばっかになりそうじゃん」
目をぱちっと大きく見開いて、マスターを見る。
マスターは何を心配しているんだろう、と考えて、はたと思い当たったこと。
もしかして、マスターも僕と同じことを考えてた?
「…マスター、つまりそれって、ヤキモチですか?」
煙が出るんじゃないかと思うぐらい、マスターの顔が真っ赤になった。
耳まで赤くなって、もうこれ以上赤くなる場所はなさそうなぐらい。
マスターは目線を泳がせたあと、僕を見てはっきりと、頷いた。
「……マスター、どうしよう。僕、幸せです。すごく。」
「うわっ、か、カイト、重いっ!」
「幸せの重さだと思って受け止めてください。」
「意味わかんねーこと言うな!」
マスターがやきもちやいてくれたことが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
前にもたしかこんなことがあった気がする。
でも今はあの時以上に嬉しくてしょうがなくて。
マスターにぎゅうっと抱きつくと、重いと言われてしまったけれど。
それでもマスターは抵抗しないで、俺の背中に腕を回してくれた。
「マスター、大好きです。」
「ん。」
当然、といわんばかりの態度のマスターがおかしくて、少し噴出してしまった。
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臆病者どうし。