「マスター。」
「ん?何…壁なんか見て。」

 

「さっきあの壁から白い女の人が入って行きましたけど、お友達ですか?」

 

 

 

幽霊

 

 

 

「……マスター、あの……」
「なんだよ」
「……なんでもないです。」

 

マスターの部屋のベッドの中、ぎゅうっとマスターにしがみつかれて身動きが取れない。
僕は抱き枕にするほど抱き心地はよくないと思うんですが、と言おうと思ったけれど、マスターの顔を見たらなにも言えなくなってしまった。
涙目で真っ青。そんなにさっきの言葉が怖かったのだろうか。

 

「…冗談ですって、言ったじゃないですか…」
「だから冗談でも言うなっつーの!怖ェだろ!」

 

噛み付くように言われて、うっと息を詰まらせる。
ぎゅうっとマスターの俺に抱きつく力が強くなったせいだ。
けほ、と咳き込むと、マスターはそれに気付いて力を緩めてくれた。

 

「今日寝れなかったらお前のせいだからな。」
「……ごめんなさい」

 

せめてのお詫びに、と、ぎゅう、とマスターを抱きしめ返した。
暖かいマスターの体温が心地いい。
僕のほうが良く眠れそうな気がして、少し申し訳なくなった。

 

「…カイト、子守唄。」
「ええ……まだ覚えてませんよー…」

 

すみません、と、マスターの耳元で呟く。
とたん、びくっとマスターの体が揺れて、凄く怖い目で僕を睨みつけてきた。
え、何かしましたか!?

 

「耳元でしゃべるな。」
「え…はい…すみません……」

 

それだけ言うと、マスターは僕の服に顔をうずめてしまった。
何がいけなかったんだろう、と考えつつマスターの背中をなでる。
なんだか大きな子供みたいで、少しおかしくなってきた。

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

マスターが小さくうめく。
半分夢の世界に入っているらしく、薄っすらと開かれた瞼すら、ゆっくりと閉じようとしていた。
可愛くて、愛しい、僕のマスター。

 

「おやすみなさい、マスター。」

 

マスターの前髪を上げて、あらわになった額にちゅっと音を立ててキスをする。
一瞬ぴくりと動いたけれど、何も言わずにマスターは目を閉じただけだった。
マスターの寝顔は凄く幼く見えて、頬に手を添えた。
僕の手のひらに包み込まれたマスターの頬は柔らかくて。

ああ、世界中に叫びたい。

この人が僕の一番大切な人だと、宣言したい。

僕のものだって 言いたい

僕だけのマスター。

僕の、僕だけの、大好きな愛しい人。

 

「カイ…ト……」
「はい?」

 

マスターが目を閉じたまま、唇だけ動かして僕の名前を呼ぶ。
返事をすると、少しの間のあと、眠そうな声で呟いた。

 

「カイト……やっぱ、兄弟とか欲しい…?」
「え……どうしてですか?」

 

眠気が最高潮に達しているだろうに、それでも言うということは何か大切なことなんだろう。
小さな声に耳を傾けると、マスターの唇がゆっくりと動いた。

 

「……もうひとり、買おうと思って」
「え?」

「ボーカロイド……ミクか、リンとレン。」

 

弟と妹、どっちがいい?と、マスターが僕に聞いた。
眠そうなマスターを、これ以上起こすわけにはいかない。

 

「僕は、兄妹が増えるだけで嬉しいです。マスターのお好きなボーカロイドを購入してください。」
「ん……そっか……」

 

よかった、と言って、マスターがふっと笑った。
そして、今度こそ完全に眠りに入り、くうくうと可愛らしい寝息を立て始める。

僕は、マスターが目を閉じたままでよかったと思った。

だってこんな顔、マスターに見られたら

 

こんな、顔

 

「……マスター……」

 

ぎゅう、とマスターを強く抱きしめる。
マスターの髪に顔を埋めて、強く目を閉じて口を閉じる。
マスターの背に回した手がいつの間にか拳になっていることに気付いた。

 

マスターが望むことを叶えるのが僕の幸せ。

マスターが幸せなら、僕も幸せ。

だから、こんな顔は絶対に見せない。

こんな、マスターを困らせるようなことも言わない。

 

ぼくは ますたーとふたりきりでいたい なんて

 

そんな我が儘は言わないから、ねぇ、マスター。

 

 

 

 

 

 

どうか 僕を一人にしないで

 

 

 

 

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カイトは、新しい家族が来て自分の居場所がなくなることが怖い。