唇を寄せる。

あいつはずごく驚いたような顔をして、俺を見てる。

ぽかん、と少し開いた唇に触れたくて触れたくて触れたくて

吐息がかかるほど近くに寄って、

 

そこで目が覚めた

 

 

 

 

 

事情

 

 

 

 

「マスター、朝ですよ。早く起きないと遅刻しますよー。」
「……………。」

 

目を開けるとカイトが居た。
はやくはやく、と急かしながら俺を揺さぶっている。
さっきのは夢だったのかと思い至ると同時に、カイトを見る。

 

「マスター、起きたなら早く準備しないと……」

 

おろおろした表情で俺を見ている。
けれど俺は起きる気にはどうしてもなれなくて、っていうか、まだ現実味が無くて。
あれは本当に夢だったのか?と思うほど、あれは鮮明で。

だってカイトがこんなに近くにいるじゃないか

 

「マスター……?」

 

反応をしない俺に心配になったカイトが顔を近づけてくる。
目に入るのはカイトの唇。

ああ、そうだ。

俺はあれに触れたくてしょうがなくて

 

「え…ま、マスター…!?」

 

気が付いたらカイトを床に押し倒して、ベッドから身を乗り出して、カイトに覆いかぶさっていた。
カイトは夢の中みたいな驚いた表情をしていて、薄く唇を開けていて

もう少し近づけば、触れる

 

そう思った次の瞬間だった。

 

「マスター、寝ぼけないでくださいぃいい!!!」

 

ばちーん、といい音がして、頬に痛みがじんじん走って
痛い、すっごく痛い。カイトに頬をはたかれたと気が付くまで数秒かかり、

 

「え。あれ?俺、今何……」

 

しようとしてた、と続けようとして、自分が見てた夢、さっきしようとした行動、真っ赤なカイトの顔を見て何も言えなくなった。
というか、恥ずかしくて恥ずかしくて顔が沸騰しそうに熱い!

 

「わあああカイトごめんっ!!」

 

何してんだ、何やってんだ俺!!
と自分で自分に問いかけながら、時計を見る。
時間は大学の講義の30分前。
これから準備して、ぎりぎり間に合うか間に合わないかぐらいの時間だ。

 

「やっべ遅刻…!カイト起こしてくれてサンキュ!あとさっきのは忘れていい、つーか忘れろ!!」

 

返事を聞く前に部屋を出て、洗面所へとダッシュする。
ああ、まだ頬が熱い。
俺何やってんだ、ホントに何してんだよ。

夢の中に出るほどカイトに欲情するなんてそんな

不幸中の幸いは現実に体に反応が出ていないことか。
おかげで処理もなんも考えないでさっさと着替えて家を出れる。

 

「ま、マスター、ご飯は…」
「朝飯何?」
「トーストです。」
「食いながら行く。よこせ。」
「はい、マスター。」
「ん、じゃ行って来る!」

 

着替えと洗顔をあわせて5分でやって、カイトからパンを受け取り急いで家を出る。
そこで鞄の中に財布が入っていないことに気付いたけどもうどうでもいい、昼は向こうで誰かに奢らせよう。
そんなことを考えながら、大学へ片道20分の道のりを急いだ。

 

 

 

 

 

「………俺もうだめかもしんない」
「いきなりなんだよ…何があった?珍しく、お前朝遅刻してくるし…」

 

大学での友人に聞かれて、ちらっと机に突っ伏したまま友人の顔を見る。
純粋純真100%。こんな奴に言えるか。

 

「大人の事情だよ…ワトソン君」
「いや、なんだそれ。お前が大人なら俺も大人…つーか、ワトソンって誰だよ…」

 

細かいところにも的確なツッコミを入れてくれた。
でも正直俺はそれどころじゃなくて、どうしよう。つか、今日帰ったらどんな顔をすればいいんだ。
カイトも絶対に変に思っただろうし、っていうか、ホント何考えてんだ自分。
といった思考がずっとループし続けていて、講義の内容なんてさっぱり頭に入らないわけで。

 

「友人にいえないような大人の事情って何さ…」
「いえないから大人の事情なんだって。マジで。」
「何?夢の中で好きな人といちゃこらしてました、見たいなサムイこと?」
「……何君。超能力者?」
「え、マジ?」

 

これ以上ボロを出すわけにはいかない、と口をがっちりと閉める。
なんで分かるんだよあれだけで。
いや、唯単にあてずっぽうに言っただけだと思うけど。

 

「なんだよ、欲求不満なんじゃねー?」
「うるさい」
「珍しいよな、お前がそんなんなるなんて。今までそんなことなかったのに。」

 

そう、今までこんなことは一回も無かった。
もともと性欲は薄いほうだと思っていたし、そもそも恋愛自体滅多にしない人間で、女にも男にも興味なかったのに。

でも カイトは

 

「恋人が出来たけど、キスも一、二回しかしてませんーみたいな純情少年じゃ有るまいしさー。」
「……………」

 

コイツ、マジで超能力者なんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。」
「おかえりなさいマスター。」

 

カイトがいつものように笑顔で出迎えてくれた。
今朝の事は全然気にしてない様子で、ミルクバーのアイスを舐めていた。

カイトが気にして無いならいいか、と楽観的に考えて、自分の部屋に筆記用具の入った鞄を置きに行こうとしたときだった。

 

「マスター、今朝の事なんですけど。」

 

びくっと大げさな反応をしてしまって、絶対カイトに変に思われた。
かといってカイトのほうを向くことも出来ず、どうしよう、と動揺をひたすら隠そうとしていると、カイトが近づいてくる足音。

 

「マスター、可愛い。」
「はぁ!?」

 

くすくすと笑って呟かれた言葉に思わず反応してしまい、カイトのほうを振り向いた。
とたん、直ぐ近くにカイトの顔があって、どきんと心臓が大きく鳴る。
何、乙女みたいな反応してんだよ俺!

 

「そんなに怯えなくたって、何もしませんよ」
「お、怯えてなんか」
「そうですか?」

 

カイトのアイスを持ってないほうの手が、俺の頬を触る。
冷たくてびくっと体を揺らしてしまい、カイトはくすりと喉を鳴らした。

 

「そうだ、マスターも食べます?アイス。」
「へ…アイス?」
「はい。」

 

にこっと笑ったカイトを見て、安心して肩の力を抜いてしまった。
次の瞬間だった。

 

「んっ」

 

んちゅ と

何時だか聞いたような音がしたような気がした。

カイトの髪が綺麗だ、と頭の片隅でぼんやりと思う反面、俺はメチャクチャ混乱してて

 

「かっ、カイ…」

 

ぎゅう、と腰を引き寄せられて、一瞬はなれた唇がまた重なる。
カイト、と名前を呼ぼうとして口を開いたところにするりとカイトの舌が滑り込んできて、俺はさらに混乱して頭が真っ白になった。
何、これ。っていうか、ほんとに何これ!?

 

「ふ……んんっ……」
「……マスター、あんまり変な声ださないでくださいよ…」
「誰のせいだっ、誰の!!」

 

頬を赤らめつつ言うカイトを見ても、もう可愛いなんて思えねぇ。
やっと開放された唇に手の甲を当てながら、ぜぇはぁと息を整えた。
正直、こんなキスしたのは初めてで、今もたっているのがやっとだったりする。
でもそんなこと悟られたら、今の状態のカイトじゃ何されるか分からない。

 

「何、怒ってんの?今朝の事根に持ってんの!?」
「違いますよ。怒ってなんていません。」
「じゃあなんだよ、何でいきなりこんな…」
「だって、マスター、キスして欲しかったんでしょう?」

 

くり、と首をかしげるカイトから伺えるのは、純粋な疑問だけ。
違うんですか、と小さく呟いた言葉に、俺は何も言えなくて息を詰まらせた。
いつの間にかカイトはバニラアイスを食べ終えていて、テーブルの上にその残骸が残っていただけだった。
そのバニラアイスの味が、今俺の口の中に広がっているわけで。

 

「お前、ほんとにカイト?」
「正真正銘、カイトです。」

 

今朝と明らかに人格変わってるだろ!と思ったけれど、どこからどう見てもカイトで何もいえなくて。

 

「マスター、して欲しいなら言ってくださいよ。言ってくれたら、僕、何だってしますから。」
「え…」
「マスターがして欲しいことなら、何でもしますから。」

 

ぎゅ、と抱きつかれて、頭をなでられて。
あれ、もしかして俺、コイツに完全に依存するフラグが立っちゃったんじゃないだろうか。
こんな、耳元で囁かれたら、ボーカロイドにこんな声で言われたら

 

「…あれ、マスター。何か当たって…」
「ああああああ!!カイト俺風呂入ってくるから飯の準備してろないいなわかったな分かったら返事!!」
「は、はい、マスター。」

 

カイトの腕から抜け出して、急いで風呂へと駆け込んだ。

ああ、もう。ちくしょう。

マジで、アイツにペース乱されっぱなしだ。

 

 

 

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大人の事情。
ちなみに大学の友人は後ほどボーカロイドを購入します。
裏設定(笑)