カイトー、と、僕を呼ぶマスターの声。
なんだかくぐもって聞こえたような気がする。
安息
「ああっ、マスター!?」
マスターの部屋に入ってみれば、そこには荷物の山が出来ていた。
足の踏み場も無いほど散らかるCDと衣服、そして高く詰まれた分厚い本。
そして、部屋の壁の一角に、本のなだれがおきたかのような惨状。
そこから、マスターの声がか細く聞こえて来るのを聞いて、慌てて本を書き分ける。
ようやく見えたマスターは、仰向けに寝転がっていた。
「助かった……」
「な、何してるんですか、マスター。」
「一番下の本、とろうとして……引っ張ったら、なんか音がして」
上を見たら、本が落ちてきて、それを受け止めようとしたが後ろに倒れ、この状態になってしまった、という。
どれだけ詰まれていたんだろう、と、周りに散乱する本を見て思う。
「マスター、いい加減部屋を片付けたほうが…」
「うん、そうする。カイト、手伝え」
そういいながら、マスターは本を集め始めた。
僕は何をしよう、と少し考えてから、とりあえず洗濯物の片づけをすることにした。
「マスター、散らばってる奴って全部洗うやつですか?」
「ん、たたんでないなら全部。」
「…そうですか」
かなりの服が散らばっている。
こんなに着る服を消費しているのに、マスターは毎日違う服を着ているのを思い出す。
しかも、自分にも服を貸してくれるのだ。
「…マスター、服、何着持ってるんですか」
「欲しいと思ったら直ぐ買うから、数えられないな」
お金の無駄遣いだ!と思いながら、洗濯物を回収して行く。
衣服が占めていた面積が多かったらしく、全部洗濯機の前に置いて来ると、結構歩くスペースが出来た。
しかし、そこであるものを見つけてしまう。
衣服の下にあったらしい、長方形の、暗い色を使ったパッケージ。
梵字のような描き方で書かれたタイトル。
「まっ…マスタぁああ!!」
「うわっ!?何だよカイト!」
「あれ、あれ、あれっ!!」
思わず怯えてマスターにすがり付いてしまう。
思い出すのはある日の夜、マスターと一緒に叫び声を上げたこと。
おじいさんが絡み付いてきて、首を吊った人が居て、と、頭の中でぐるぐる映像が回る。
「あのホラーゲームか」
「借りたの返してなかったんですかぁっ!?」
「あー、どこにやったのか忘れてたからさぁ」
ぐるぐると思い出すあの日の事。
マスターがそのゲームを片付けたとき、ふと、もう一つ思い出した。
顔に血が上り、赤くなったのが自分でも分かるほど
「何、見てんだよ」
「いっ、いえ、なんでもないです!」
ふるふると頭を振って、必死に頭から映像を押しやる。
続いてCDを片付けながら、ついでに中身もちゃんとケースに戻してやる。
何故か、中に入っているCDと、ケースが違うことがあるからだ。
「マスター、次から月一でいいんで、ちゃんと部屋を片付けましょうね。」
「うん……」
「あと、本棚買いに行きましょうね。CDラックも。」
「……うん……」
何時の間にこんなに増えたんだっけなぁ、と言いながら、本棚に入りきらない本を壁に沿って積んでいく。
僕が集めたCDは、その横に積まれていた。
いくつかの山に分けてつむと、すっきりとしたフローリングの床が現れる。
「えーと、クイックルワイパー?でしたっけ。あれ、やりますか?」
「…今日はもういい……」
「じゃあ、明日やりましょうね。」
そういうと、マスターはめんどい、と一言呟いて、リビングへと出て行った。
マスターの後を追うと、マスターはソファーに腰を下ろしていて、小さく息をついていた。
そんなに疲れる作業じゃなかったように思えるけれど、やっぱり腰に来てしまったりしたのだろうか、と、最近マスターに借りて読んだ小説のおじいさんを思い出した。洗濯物を早く洗ってしまわないといけないけれど、そのまえに一休み入れてもいいだろう。
冷蔵庫へと向かうと、いそいそとガリガリくんを取り出す。
「かいとー、何食ってんの?」
「ガリガリくんれふ。」
「…アイス、口から出してしゃべれよ」
マスターの声に苦笑すると、ふと、何かが頭をよぎる。
あれ?
前もこんな会話、しなかっただろうか。
「カイト。」
「?」
マスターが手招きをして僕を呼んでいる。
なんだろう、と思ってソファーの後ろから近寄ってマスターを覗き込もうとした。瞬間、がしっとアイスを持ったほうの手首をつかまれて、引っ張られた。
あ
アイスが食べられる
なんでそう思ったのかはわからない。
けれど、体はこうなることを分かっていたかのように、さっとアイスを持つ手を変えた。すかっ、とマスターの口は宙を噛んで。
「………オイ、今、俺が何するか分かってただろ」
「はい…なんででしょうね?」
苦笑すると、マスターはぱっと顔を朱色に染めた。
あれ、僕は何かおかしなことを言っただろうか。
「腹立つ。ちゃんと食わせろ」
「あっ、ダメです、マスター!」
ぐいっ、と、今度は持ち替えたほうの手を引っ張られ、体勢を崩してしまった。
あ、と、気が付いたときには既に遅く近づいてくるのはマスターの驚いた顔。
ぶつかる、と思って目を閉じた瞬間だった。
んちゅ
と、どこかの漫画で読んだような効果音と、唇に感じる柔らかな感触。
「あ」
キス、しちゃった?
「……っ」
ぼっ、と、マスターの顔がさっきの比にならないほど赤くなる。
僕もぼっと顔を赤くして、一気に壁の端まで下がって行った。なんで、だろう
すごく嬉しくて嬉しくてたまらない。
「…マスター、好きな人とキスするって、やっぱり幸せですね」
「この馬鹿!!」
やっぱり、って、前にこんなことを話したことがあったのか。
ぼんやりと思いながら、マスターが僕を殴った痛みを堪えていた。
(記憶にないことでも、僕の体はちゃんと覚えてた)
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忘れてるようで忘れてない記憶ちょっと今までのお話を微妙に交えつつ。
とりあえず此処までで事故編終了!