「マスター、ご飯できましたよ!」
「ん。」

 

カイトが帰ってきてから一週間が経った。
本当に、戻ってきてよかった。

 

 

 

祈望

 

 

 

「今日は麻婆豆腐にしてみました!マスター、好きですよね?」
「うん、大好き。」
「美味しく出来てたらいいんですけど…どうぞ、召し上がってください!」

 

カイトが期待と不安の入り混じったような目で、俺のほうをじっと見てくる。
そんなに見られると食べ辛くてしょうがないんだけどな。

一口麻婆豆腐を食べる。

 

「あ…美味い。」
「ホントですか?よかった!」
「マジで美味いよ、これ。」

 

麻婆豆腐には目が無い俺だけど、これはマジで美味いぞ。
次々と口の中に消える麻婆豆腐。
カイトはそんな俺を見ながら、嬉しそうに笑っていて

 

「……カイト、そんな見んなよ」
「あ、すみません」

 

カイトが慌てて目をそらした。

何故か感じた、違和感

 

「………?」

 

その違和感は何なのか、確かな証拠が得られなくて、なんとなく疑問を残しながら箸を進める。
カイトが帰ってきてから、時折こういった違和感を感じることが多くなった。
きっとカイトが倒れたところを目の当たりにしたから、元気なカイトを見てもまだ心配なんだろうな。

 

「ごちそうさま。」
「お粗末様です。」
「…そういう合いの手とかさ、何処で覚えたんだよ」
「ネットとかの小説です!」
「へえ。」

 

かちゃかちゃと食器を片付けるカイトを見た。
家事全般をカイトがやっているので、カイトが居ない間の家はとんでもないことになっていた。
こういった意味でも、帰ってきてくれてよかったと思う。

 

だけど、どうしても違和感はぬぐい取れなくて

なんだか、どこか前と違うような気がして

 

「カイトー、おいで」

 

食器を洗い終えたカイトを呼ぶと、嬉しそうにいそいそと近寄ってきた。
なんだか犬みたいだ…って前も思ったな、コレ。
なんて思いながら、ぎゅっとカイトに抱きついてみる。
暖かい。

 

「どうしたんですか?マスター。」

 

この瞬間、違和感の正体が分かった。

 

「っ…カイト?」
「はい、なんですか?マスター」

 

明らかに、反応が違う。
顔を上げると、そこには困ったような笑顔をしたカイトが居て。

その笑顔は、俺とであった頃のそれと同じだった。

 

「…カイト、好きだよ」
「はい!僕もマスターが大好きです!」

 

満面の笑みで、俺に抱きつき返すカイトを見ながら、俺はどんな顔をしていたんだろう。

俺を好きだと言ったカイトなら、抱きつかれてあんな涼しい顔をしていられるわけが無い。

いつも俺が触れる度に、ほんのりと顔が赤く染まるのを俺は知ってる。

俺を好きだと言ったカイトなら、俺に好きだといわれてあんなに簡単に好きだといえるわけが無い。

期待をしながらも、諦めたような表情で、あいつはきっと力なく笑って言うんだ。

『僕は貴方を愛してますよ』 って

 

カイト

 

「…あ、そういや、アイス切れてたんだ。カイト、ちょっと買って来い。」
「え!何でも好きなの買っていいんですか!?」
「千円オーバーしなけりゃ何買ってもいいよ。」

 

カイトに千円札を一枚握らせて、意気揚々と出て行くカイトを見送った。
服は洗濯中で、俺のを着せていたから大丈夫だろう。
ドアが閉まって、カイトの足音が遠ざかったのを確認して、俺は電話を取った。

 

『--------はい、どちら様でしょう』
「カイトの修理を頼んだヤツなんだけど」
『ああ…どうです?調子はいいですか?』
「カイトに何した」

 

自分でも驚くほど声が低くなっていて、俺は怒るとこんな声が出るのかと他人事のように思った。
受話器から聞こえてくる声は至って平静を保っていて、きっと実際に目の前で話をしたら、殴ってしまうかもしれないと思うほどで。

 

『ウイルスを除去した後、バグを修正する為に少々記録を消させていただきました』
「え?」
『プログラムに無い感情が生まれてしまい、このままでは暴走しかねないほど大きな問題となっていたので、許可も得ずに申し訳ありません』

 

淡々と、事実だけを述べる男。

記憶を消したと言ったのか

 

「…プログラムに無い感情?」
『はい。元より初期設定で、マスターをある程度慕うことは予想されていたのですが…それとも違う感情が生まれていたようです』

 

マスターを慕うことに似ていて、違う感情。

 

 

『マスターの事好きかもしれない』

 

 

「……わかった。ありがとう」
『いえ。また何かあったら遠慮なく連絡ください』

 

通話ボタンを押して、通話を切る。
受話器を持つ手は小刻みに震えていて、落とさないうちに早くホルダーに戻した。

 

「……カイト」

 

お前の、あの気持ちはプログラムじゃなかった?
ずっと、本当に、お前が始めて作った気持ちだったのか
好きだって

 

少しずつ視界が歪んでいく。
何も前兆はなく、頬を液体が伝い落ちた。
声も出なくて、唇が震えるだけで。

カイトは俺のせいで壊れた。
俺のせいで、記憶を消された。
カイト

 

カイト カイト カイト カイト カイト

 

「マスター、買ってきまし……マスター…?」

 

カイトが戻ってきた。早く涙を止めないと。
そう思うのに、涙は止まるどころか、余計あふれてきて。
カイトがアイスをテーブルにおいて、俺の顔を覗き込む。
その顔すらもにじんでいて、よく見えない

よく見えないよ、カイト

 

(ずっとずっと否定して、なくして初めて気付くなんて本物の馬鹿だ俺は)

 

 

俺はカイトのことが、 す  き

 

 

 

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一部とはいえ記憶が消えたカイトは同じだけど違う人