前兆
昼。マスターは大学に行っていて、家には一人しかいない。
ぼんやりと椅子に座って窓から空をみながら、考える。マスターと触れ合うたび、胸の中心部が焼け付くように熱い。
ちょうどCPUがあるところで、何かしらの動作の不具合が起きているのかもしれない。
情報処理が追いついていないほどの大きい何かを感じているんだろう。
こういう事も計算に入れてあって、CPUには耐熱処理が施されているけれど、それでも心配だった。いつか、耐え切れなくなってどこかが壊れてしまうんじゃないか。
CPUが壊れなくても、プログラムが壊れてしまうかもしれない。
感情を持つボーカロイドは、それだけ処理する情報も多いため、こういった不具合が多い。
その為、まだ大量生産はされず、試作品として僕は此処にいる。
いつか、壊れてしまうかもしれない。
それも、怖かった。一番怖いのは、その後マスターに捨てられてしまうことだ。
「マスター……」
唇に触れて、思う。
この間、マスターにキスがしたいと言ってみた。
マスターはどう思っただろう。マスターの唇を思い浮かべる。
キスをしたら、どんな感触がするのだろう。
柔らかくて、暖かいのだろうか。
どんな反応をするだろう。
びくりと体を揺らすのか、それともなんの反応もなくただ受け入れるのか。
こんなことを考えていると知ったら、マスターはどう思うだろう。
そう思った瞬間、また胸が焼け付いた。
熱い。目を開けた瞬間、視界にノイズが走り、目を見開く。
ざざ、と、不快な音が聞こえる。
どくんと心臓が脈打った気がして、冷や汗が頬を伝う。
瞬きをするけれど、ノイズは一向に消えない。
聞こえる音は、どこからか分からないまま、大きくなる。
この音は、なんだ。
この感情は、何?
そんな、まさか
「マスター…!」
振り絞るように出した声は、かすれていて酷く聞き取りづらかった。
「ただいまー、カイト。」
「おかえりなさい、マスター。」
大学から帰ってくると、いつもどおりカイトが迎えてくれた。
買ってきたアイスを一本渡すと、子供のようにはしゃいで食べ始める。
残りのアイスを冷蔵庫に突っ込んで、ソファーに深く座り込んだ。
「あー、疲れた。」
「おつかれさまれふ。」
「…口からアイス出してしゃべれよ。」
ガリガリくんなのに美味しそうに食べるカイトを見てると、俺もほしくなってくる。
「カイト。」
「?」
カイトを手招きして呼ぶと、素直に近寄ってきてくれた。
なんだか犬のような感覚を覚えながら、ソファーの背ごしに来たカイトを見る。
アイスを持ったほうの手を掴んで、顔に引き寄せ、そのままカイトが食べていたがりがりくんにかじりついた。
「!?」
「サンキュ。」
ぱっと手を放して、がりがりと租借する。
ソーダ味のなんの変哲も無いガリガリくんだが、暑い中歩いてくると結構美味しい。カイトが俺の背後で、どんな表情をしてるかなんて、全然気付かなかった。
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はじまりはじまり。