「カイトー、ちょっと買い物行かねー?」
「行きます!!」…このクソ暑いのに、元気だねー、お前は。
激情
マスターにつれられて、近くのスーパーに買い物に来た。
服はマスターのを貸してもらって(相変わらず紐やボタンが多い服だ)、僕はカゴを持っている。
何故か、外に出るといつも人に見られてる気がして落ち着かない。
「カイト…カキ氷のシロップ、何味がいい?」
「何でもいいです。マスターの好きなので。」
「…それが一番困るんだけどなー。カイト、味の好みとかねーの?」
「特には……」
ふと、マスターの好きなアイスの味を思い出した。
「じゃあ、イチゴで。」
「イチゴ?…カイト、イチゴ好きだっけ?」
「いえ、マスターが好きなアイスの味がイチゴでした。」
「……お前、ホント俺のことよく見てるのな。」
まったく、と少し呆れがちに呟きながら、マスターは僕の持つカゴにイチゴ味のシロップを入れた。
そのとき姉弟らしい二人の子供が隣を走って通った。
ぶつからないように少しカゴを内側にすると、後についてきた母親らしい人が小さく会釈をした。
「…マスター、僕、思ったんですけど」
「何?」
「男二人でスーパーって、滅多に来ませんよね?」
「…そうだな」
「だから、さっきから視線を感じるんじゃ……」
「ちげーって。別に、んなじろじろ見るようなもんじゃねーだろ。お前が珍しいの。」
「へ…僕!?」
「髪の色が青い人なんか滅多にいないから、珍しいだけ。」
一瞬、ボーカロイドだからかな、と考えたけれど、そういえば普通の人に僕がアンドロイドなんてバレることは滅多に無いはず。
マスターに髪の色を指摘されて、僕は自分の蒼い髪を指先で触った。
ちらっとマスターを見ると、マスターの髪は光を吸収するほど綺麗な漆黒。
「…僕、髪の色、マスターとおそろいにしたいです。」
「は?何で?お前、そのままでいいじゃん。綺麗だし」
「でも、マスターと同じにしたいです。」
綺麗なマスターの黒髪に、僕はいつも憧れていて。
同じ色ならよかったのに、と思ったことが前にもあった。
「ダメ。お前は青でいいの。」
髪の色が黒かったら、目の色が目立つだろ。といわれて、そういえば僕の目も青いことを思い出す。
爪の色も青くて、普通の人にはマニキュアか何かじゃないとありえない色。
自然界には無い、僕の色。
「アイス買ったし、お菓子買ったし、夕飯の材料買ったし…あと、何か買いたいのある?カイト。」
「…特に無いです、マスター。」
「そっか。んじゃ、さっさと会計済ませよう。」
マスターの歩く後を、かごを持ってついていく。
ふと前を見ると、さっき走っていた姉弟とその母親がレジに並んでいて、姉のほうが僕をじっと見ていた。
にこっと笑ってあげると、顔を真っ赤にして弟の後ろに隠れてしまった。
僕、何かしたのかな?と少し心配になっていると、こそこそと姉が母親に話す声が聞こえた。
「あのおにいちゃん、髪も、目も青いよ。よく見たら、爪も青かった!」
どうやらマスターの言っていたことは正しかったらしい。
僕の髪や目、爪の色は酷く珍しいから、人がじろじろと見るんだろう。
となると、マスターと一緒に居ては、マスターまで変な目で見られるんじゃないだろうか。
少しはなれたほうがいいのかもしれない。そう理性が働くのに、僕はマスターから離れずに歩いて行く。
体は理性を拒絶した。本当はマスターを一番に考えなきゃいけないのに、本当に回路が壊れたのかもしれない、と思っていると、マスターがくるっとこっちを振り向いた。
「遅い!もっと早く歩けよ」
いい列無くなるだろ、と、言われた。
マスターは僕が傍に居ることを望んでくれているのだろうか。
そう思うと、嬉しくて、僕はマスターに駆け寄った。
隣の列には、さっきの親子が並んでいて、今度は弟がまじまじと僕を見ている。
「ねえ、お姉ちゃん。あのお兄ちゃんの髪の色、海の色と一緒だよ。」
「ね、空の色だよね
綺麗だね」
「…カイト、お前、綺麗だってさ。」
「……マスター」
「だから、お前はそのまんまでいいの。」
な?と、僕の頭をわしゃわしゃとなでて、マスターは僕の手からカゴを取り、レジに置いた。
僕はぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、嬉しくて綻んだ顔を隠した。
マスター、僕、綺麗って言われました。
僕、マスターにとって、誇りになっているといいな。
「会計済んだし、帰るぞ、カイト。」
「はい!」
マスターに並んで、スーパーを出る。
むわっと、すごい湿気と熱気を浴びて、マスターは一気に汗だくになった。
額をぬぐうマスターの両手には袋があって、上手く両手を使えていないらしい。
「マスター、僕が袋を持ちますよ。」
「あー?んじゃ、頼む。」
「はい。」
まずマスターの右手にある袋を受け取ろうとする。
マスターの手に、触れた。
感じる体温は僕より高くて、暑そうで。同時に、人の体温の高さを思い知る。
「マスター、もう片方…」
「あ、こっちはいい。」
「え?」
「それより、手ェつながせてくんねー?カイトの手、冷たくて気持ちいいや」
そう言って、マスターは僕の返事を聞く前に、右手で僕の左手をぎゅっと握った。
熱い
人の体温は、僕より高い
僕の体は機械だから、人ほど温かくはならない
マスターの手
熱い
ああ、このまま溶けてしまえたら
マスターと、同じ
僕の手が、少しずつマスターと同じ体温になっていく
このまま、もっと
体中に熱が回ってしまえばいい
マスター、僕は
貴方の手にキスをしたい
「マスター」
「ん?」
「…家に帰ったら、早速カキ氷を食べましょうね」
「おー。暑いから、絶対上手いぞ」
そう言って、貴方は笑う。
あまり僕に無防備な顔を見せないで。
貴方の手にキスをしたら
忠誠の証です、なんていったら、きっと呆れて笑うだろう
貴方の頬にキスをしたら
顔を真っ赤にして、怒るだろうな、きっと
貴方の唇にキスをしたら
きっと 僕は嫌われる
「カイト?」
「何ですか?マスター。」
「だから、カキ氷、ミルクかける?」
「どちらでも…あ、かけないほうがいいです。」
「そ?よかったー。そういや、ミルク買い忘れててさ。」
俺、ミルクかけて食いたかったのに。とぼやくマスターを見ながら、僕は苦笑する。
本当はカゴの中に入っていたのだけれど、僕が気付かれないようにそれを戻した。
ごめんなさい、マスター。でも、顔につけたりしたら、僕が困ってしまいます。
「あー、カイトの手、冷たくてマジ気持ちいいー。」
「…マスター、家に帰ってからも、もう少し手をつないでいてもいいですか?」
「へ?何で?」
「マスターと同じ体温を、もう少し共有していたいです。」
そう言ったら、マスターは一気に顔を紅くして、口をパクパクと動かした。
何か変なことを言ってしまっただろうか、と首をかしげると、マスターは前を向いて、乱暴に歩きながら、少しだけだぞ、と念を押した。