ネット上でうわさのボーカロイド
ついに、俺も買ってみることにした。
曖昧
時計を見る。現在時刻、17時25分。
確か配達の時間は17時から20時までの間だから、早ければそろそろ来る頃だ。一週間ほど前、オークションでボーカロイドを競り落とした。
名前はカイト。青くてアイスでお兄さんなボーカロイド(っていう設定が多い)。
歌を作るのは好きだけどうまく唄えない俺にとって、ボーカロイドは救世主にも等しい。
ちなみに何故オークションなのかというと、安かったからだ。
誰だって同じ新品なら、安いほうを買ってしまうはず。
未開封のボーカロイドを、なんと2000円で競り落とすことが出来たのは幸運だった。ほんと、ラッキー。ピンポーン
「はーい」
来た!と、思わず急いで玄関の扉を開ける。
荷物を受け取り、ハンコを押して、扉を閉める。
そして、俺はしばらく届いた荷物を見て硬直した。「……えーと、確か、サイズ的にはゲームソフトぐらいのケースに入ってたはず…。」
なのに、何故か届いた荷物は軽く人が一人入れる大きさだ。
品名は、ちゃんとKAITOと記入してある。
少し悩んだ後、取りあえず荷物をリビングへと運んだ。
「……とりあえず、開けてみるか。」
べりべりっとガムテープをはがすと、青い何かがちらりと見えた。
ケースかな?と思ってがばっとあける。
そして、また硬直した。「………えーと……」
ダンボールにつめられていたのは、KAITOだった。
いや、カイトなんだけど、カイトじゃなくて。
俺が想像していた、普通のディスクの入ったケースではなく、そこには何処からどう見ても人としか思えないカイトが居た。
さらさらしてそうな青い髪、青いマフラー、青いコート。
ちゃんとインカムも付いている。うわー、まつげ長い。じゃなくて。
そんなカイトが体育すわりで入っていたのだ。
え、俺の常識が間違ってたの?っていうか、あれ?え?と、混乱していると、膝を折りたたんだカイトの横に、分厚い冊子が入っていた。「……取り扱い説明書……」
なるほど、確かにボーカロイドらしい。
これはもう、俺の常識を改めるしかない。
実は科学技術は此処まで進歩していたのか。すごいな。「えーと……起動スイッチは…。」
こういうのは丁寧に見てしまう性格なので、とりあえず熟読する。
読み終えた頃には、時計は22時を指していた。
目がしばしばする。とりあえず起動させてみよう。「っと、首の後ろの……」
髪にさわると、さらっと横に流れた。
少しだけ感触を楽しんでから、首筋の少し浮き出た部分を強く押す。
ぺこ、とへこんだ感覚がした次の瞬間、キュイン、と機械音がした。
あぁ、こんなに人に近いのに、やっぱり機械なのか、と今更思った。ふと、カイトの声なのかどうかわからないが、機械的な音声が聞こえた。
<<-----00-02 KAITO 起動します ------>>
慌ててカイトの後ろから前に回り、首を見るためにうつむかせた顔を覗き込む。
すると、長いまつげが少し揺れ、一拍遅れて、ゆっくりとまぶたが開いた。(うわ…キレーな青)
瞳も、服も、髪も、青。
「…………」
「…………」カイトが瞬きを一つ。
そしてぱちっと、焦点の合ったらしいカイトと目が合った。「よう……起きた?」
ぱちくりと目を大きく見開いたまま動かないカイトに、少し緊張しているのか、遠慮がちに声をかけてみた。
でも少し返事が無くて、少しあせった次の瞬間だ。「おはようございますっ!!マスター!!」
ぱぁっ!と花が咲くような、とびっきりの笑顔を向けられて、今度は俺が目をぱちっと見開いてしまった。
ニコニコと笑うカイトは本当に嬉しそうで、一体何か特別なことをしただろうかと、少しだけ思考をめぐらせる。
少し固まっていると、カイトは心配になったようで、少しずつ不安そうな笑顔になってきた。「マスター…?あの、すみません、何かしましたか…?」
「へっ?あ、いや、違う違う、ちょっと驚いただけだって。」
「そうですか、よかった!」さっき聞こえた音声と同じ声だけど、全然違う。
機械的な抑揚のない声とは違って、カイトの声は、酷く人間らしかった。
そういえば、さっき首筋に触れたときは、ひんやりとしていたけれど、今はどうなんだろう。
やぱり、体温とかあるのだろうか。「そういえば、カイトはさっきなんで固まってたんだ?」
「あ、えと、マスターを認識して記憶してたんです。少し時間がかかっちゃって」困ったように笑うカイトの言葉を聴いて、そういえば説明書にも書いてあったような…。と思い出す。
一度読んでも直ぐ忘れるのが俺だ。「あと、マスターが直ぐ目の前に居たので、少し驚いたんです…」
「あー、悪かった?」
「いえっ!全然いいですっ!」顔をほんのり赤くして否定するカイトを見て、なんとなく人懐っこい犬を連想してしまった。
カイトはそれをわかっているのかいないのか、照れくさそうに笑っている。
…なんだ、可愛いなこのやろう。「…ところで、カイト。聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「はい?」
「あのさ、ボーカロイドって、アンドロイドだっけ…?」
「違いますよ、ソフトです。」
「……じゃ、なんでお前は……?」
「開発中の試作品で、数十人に一人くらいの割合で、ネットでボーカロイドを購入した方に届けられるようになってるんです。」
「へー…ってことは、ミクとかリンとかレンとかも、何十人に一人かの割合で送られてる、と」
「はい。起動したあと、僕達がそのことを知らせるようになってるんです。」…世界の科学力に、本当に心の底から驚いてるよ、俺。
どちらかといえば文系な俺は、そういうほうには疎いんだよなぁ。
納得していると、カイトが不安そうな笑顔で俺を見ている。
見れば見るほど人間だよなぁ。さっきの起動が無ければ、人と信じて疑わなかったぞ。「っていうと、俺はその一人に選ばれたわけだ。」
「はい!僕、マスターの元にこれてすごく幸せです!」今度は打って変わって、幸せそうに満面の笑みを浮かべるカイト。
なんだか表情がころころ変わるやつだなぁ、なんてのんきに思った。
…ん?そういえば、カイトの電源って…「…カイトって、何で動いてんの?電池?」
「あ、僕は自家発電できるんです。食べ物を食べたり、人に触れたりして。」
「まさか、人から精気とか吸い取ってるんじゃないよな…」
「ち、違いますよ、体温で熱エネルギーをもらってるんです!」冗談で少し離れたら、カイトが泣きそうなくらい困った顔で、慌てて細かいことを説明する。
なんだか、からかいがあるかもしれない。「へー、そうなんだ。じゃあ、充電とか必要じゃないわけだな」
「はい。」
「そっか、じゃあ、これからよろしくな、カイト。」握手、と、カイトの前に手を差し出すと、少し戸惑ったような表情を見せた。
少し首をかしげてカイトを見ると、カイトの顔がかぁっと赤くなる。
何かしただろうか、と思いながら、差し出した手をもう少しカイトのほうへと差し出した。「あ……えと、よろしくお願いします。」
「ん。あ、そうだ。アイス食うか?」
「アイス?」
「あれ……カイトっつったらアイスかと思ったんだけどな…。」
「あ、僕、まだ学習している途中なので…最低限のものしか知らないんです」カイトが苦笑して、頬をかいた。
もしかしたら、頬をかくのは癖なのかな、なんて思いながら、冷蔵庫からカップアイス(バニラ)とスプーンを持ってきて、カイトに渡す。「冷たいからな。」
「はい……」ぱく、と一口。
「どう?」
「…………マスター」
「ん?」カイトがぱっとコッチを見て、目をきらきらと輝かせた。
あ、美味かったんだ、と直ぐにわかるような表情で
…やっぱ、犬だろ、コイツ。「これ…もっと食べてもいいですか?」
「あー、食え食え。バニラは全部食っていいぜ、冷蔵庫にあるの」
「ホントですか!?」
「でも、イチゴ味って書いてあるの食ったら、お前を氷付けにしてやるからな」
「えっ………マスター、苺が好きなんですか?」
「…………だったらなんだよ」男なのに苺が好きでわるかったな!
友人にも同じネタで必ず一回はからかわれてるよ!
とか思っていたのが顔に出たらしく、カイトがぷっ、と噴出した。「テメェ……何笑ってんだよ」
「いえ…マスター、可愛いですね」
「はぁ!?」くすくすと笑うカイトに、そんなことを言われるとは…!
でも、ぶっちゃけ、カイトのほうが可愛いと思うんですけど。犬みたいで。そんな感じで、俺とカイトの生活は始まったのだった。
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実はシリーズもので続きます。
でも一話完結なので、何処から読んでも読めます。