何をしたら喜ぶ、なんて考えたことは今まで一度も無かった。

 

(第一考えるほど悩むことが無かったんですが)

 

どうにもあの子供と居ると、調子を崩されてしまう。と、ジェイドは小さく溜息をついた。

 

 

プレゼント

 

 

「……………」

 

それは本当に、少しだけ視界の端を掠めただけだった。
ルーク達が武器を新調するべく向かった町の、武器屋の棚の端にあった、一つの深紅の防具。
それはルークの髪の色よりも深い赤色で、彼のオリジナルを思わせる色だった。
手に取ってみると、それは腕に嵌めるもののようで、深紅をベースに碧の石が装飾に使われていた。
軽く、見た目も美しく、店主に尋ねたところ、どうやら力を増すものらしい。

 

ふと、頭をよぎる映像。

 

深紅の髪を靡かせて、強引に力で敵を切り伏せる彼の姿。
力で吹き飛ばし、体制を崩したところに譜術を叩き込む完全攻撃型の彼に丁度良いものかもしれない。

 

「ジェイド」
「!」

 

突然背後から声を掛けられて、少し驚く。
振り向くとルークがそこに居て、棚に戻した防具に目を移していた。

 

「それ、買うんだろ?」
「あ、いえ」

 

見ていただけ、と言う前に、ルークが棚からぱっと防具を取り、自分の武器と一緒にカウンターへと持っていってしまった。
それが剣士用だと気付いていないのか、それともそういったことを考えていないのか。
疑問を持たないルークを見て、小さく溜息をつく。

 

「誰への贈り物だ?」

 

ぼそ、とガイが小さな声で呟いた。
そっちを見ると、意味深な笑みを浮かべているガイが目に入る。
なんとなく見透かされているような気がして、眼鏡を上げた。

 

「さぁ。どなたでしょうね?」

 

にっこりと笑みを浮かべて見せると、ガイは面食らったような顔をした。
そして、つまらなそうな顔をして、一言。

 

「ホント、アンタって隠すの上手いよな」

 

ほとんど女っ気を見せないアンタの好きな人なんか、俺がわかるわけないだろ。
そう続けて、ガイは肩をすくめた。
てっきりあの防具の色合いから気付くものだと思っていたのに

 

(元々彼の使用人だったはずなんですが)

 

それとも、女性に対する贈り物だど思い込んでいるのだろうか。
女性に防具をプレゼント、なんて、無粋にも程があると思うけれど、彼の中では違うのだろうか。

 

(あぁ、ガイは機械オタクでしたっけ)

 

気付かれないのは幸いだが。

 

 

 

 

+++

 

(…買ったのは、いいんですが)

 

一体何時渡せばいいものか。
そもそも彼と行動することなど数えるほどしかないし、これからもきっとそうだろう。
会うことはあっても直ぐに別行動を取る彼だから、困る。

 

(話しかける機会もありませんしねぇ…)

 

ふう、と小さく息をついて、未使用のままの防具に目を移す。
その色合いは、やはり彼を思い出させるもので。

くしゃ、と頭を掻いた。

いつからこんなにも、彼の事を考えるようになったのか。

無くした感情を思い出すような、ざわついた感覚。

 

(…まさか、あんな子供に)

 

直接話したことも、数回しかないような相手なのに。
彼の目がいつも、どこか翳って見えるから。
自分を責めるような色を隠すように、強気な態度を見せるから。

 

(恋なんか、今更するとは思いませんでしたよ)

 

恋愛に愛を求めるような純粋さはもう持っていないのに。
否、持っていないと思っていたのに。

小さく溜息をついて、窓の外に目を移した。
宿の中から見るケテルブルクの風景は、白い雪に覆われていて、相変わらず美しかった。

その時、空から降る白にまぎれて見えた

 

 

鮮やかな、赤

 

 

(これだけで嬉しくなるなんて)

 

本当に、私の頭はどうしてしまったのか。なんて思いながら、出来る限り平常心を装って宿をでる。
すれ違ったルークに少し散歩してくると告げて、足早に外に出た。
宿の前に残る、一つの足跡。
真っ直ぐ広場に向かう、一定間隔で残るそれを辿る。

さくさくと雪を踏みしめて、彼の足跡の隣に自分の足跡を残して

 

「アッシュ」

 

数m先に見つけた彼の名前を呼んだ。

足を止めて振り向いた彼は、いつものように眉間に皺を寄せていて。

 

「…テメェ等も此処に来てやがったのか」
「偶然ですね」

 

ふっと微笑むと、アッシュは私から目を逸らして、舌打ちを一つ。
いつもどおりの態度に肩をすくめながら、彼に近づく。
一歩ずつ。

 

「何か用でもあるのか」
「ええ。」

 

そうっと彼の手を取って、その上に防具を乗せた。
彼の手に触れた瞬間、びくっと揺れたのを感じながら。

 

「……なんだコレは」
「数日ほど前に、店で買ったものです。」
「何で俺に」
「…店で、その防具を見つけたときに」

 

怪訝そうな顔をして、見上げるアッシュを見据える。
警戒心の残るその目には、どこか混乱が入っているのが分かった。
一呼吸置いて、眼鏡を上げた。

 

「貴方を思い出したから…ですかね?」

 

ふっ、と、自然と笑顔が出たことに内心驚いた。
けれど、きっとそれ以上に

アッシュが驚いた顔をして、次の瞬間

 

「……ッ…何で疑問系なんだよ」

 

恥ずかしそうに、頬を赤く染めた

のか、寒さで元から頬が赤らんでいたのかは分からないが、確かに

彼のほうが、驚いていた。

 

「…使えそうだし、貰っといてやる」
「それはどうも。」
「買ったとき、他の奴等は何も言わなかったのか?」
「特に何も。誰かへのプレゼントか、とは聞かれましたけどね」
「なんて答えた。」
「さぁ、どうでしょう。…と、はぐらかしておきました。」
「………あいつ等の前ではつけないからな」
「自由に使ってください。貴方のものですから」

 

良いながら、アッシュが腕に防具をつける。
思ったとおり彼に良く映えていて、思わず目を細めた。

たったこれだけの事なのに、何故こんなにも胸が鳴るのか

 

「では、私はこれで」
「オイ…何か他に用事があったんじゃないのか」
「いえ。宿の外を見ていたら、貴方が居たので」

 

これを渡そうと思って出てきたんですよ、と告げると、彼はいっそう眉間に皺を寄せていた。
それを見てふっと微笑んで、別れを告げて踵を返す。
来た道には彼と自分の足跡がまだ残っていて、それを見ながら道を進む。

深紅の髪を思い描きながら

 

(期待していたわけではないけれど、少しだけ見てみたかったかもしれませんね)

 

彼の喜んだ顔を なんて、ね