「あ、アッシュー。執務終わったのか?」
「……何をしている。」
「何って……料理。」
到底食べられるものとは思えないものが、食器の上に乗っていた。
もしも
「……お前、本当にそれが食べられるものだと思ってるのか?」
「え…確かに見た目は悪いけど、食えるって、多分。」
「味見はしたのか。」
「してない。」
この時点で何かが可笑しいだろう、と小さく呟きながら、食器の上に乗っているものを見る。
どうやら肉じゃがか何かを作ろうとしたらしく。肉とジャガイモは見える。
が、何故か肉には完全に火が通っておらず、ジャガイモは逆に溶けてぐずぐずになってしまっている。
しかも、茶色い。というよりは、醤油色に染まっている。
一体どうやったらこうなるのかと、アッシュは額に手を当てた。
「何を入れた。」
「えーっと…肉と、ジャガイモと、タマネギと、グリーンピース。」
「タマネギとグリーンピース…?」
緑色の物体が見当たらないのは何故だ。
おそらく汁の下にあるのだろうが、見えない。
タマネギらしきものは見えるが、何故細切れなのか。
「……調味料は。」
「みりんと塩と砂糖と醤油。」
「……どれぐらい入れた?」
「んーっと……適量って書いてあったから、目分量で。」
どばーっと。と言って、不安そうに首を傾げるルークを見て、アッシュは盛大に溜息を付いた。
初心者の犯しやすい失敗の一つを見事にやってしまっている。
「何で味見をしない」
「だって、マズそうじゃん。」
なら何故作る。と突っ込みを入れたかったが、最早そんな気力もそぎ取られていた。
そもそもコレを誰に食べさせるつもりだったのか。
母上等と言ったら、断固止めさせなくてはならない。
「アッシュなら、食ってくれるかなー、って」
「……………」
やっぱ駄目?と、苦笑して言うルーク。
アッシュは小さく溜息を付いて、再び食器の上に乗っている料理に目を移した。
(どうにもこのレプリカは、俺に気に入られようとする節があるな)
何かと理由を付けては話しかけてくるし、今回のように自分が作ったものをアッシュに贈ることはよくあることだった。
アッシュからすればそれはうざったいものでしかないが、それをルークに言おうとは思えなかった。
「…流石に食えん」
「だよなぁ……ごめんな?無茶言って。」
「次からはせめて味見をしろ。…それと調味料も目分量で入れるな。面倒くさがらずに必ず量れ。」
呆れながらそういうと、ルークは落ち込んだ顔から一転嬉しそうな笑顔へと表情を変えた。
次があるということが嬉しいのか、元気良く返事をすると、後片付けを始める。ルークは自分とは違い、妙に素直で表情が豊かだ。
育った環境というのもあるのだろうが、元は同じ人間なのにこんなにも違いがあるのだろうかと、アッシュは時々思い悩む。
ルークの仲間などからは、双子と思えば言いだのと気楽な事を言われては居るが、そう簡単に飲み込めるほど、アッシュは物分りが良いわけではなかった。認めたくない、というのもある。
「あ、アッシュ、次も肉じゃがでいいか?」
「…………ああ」
やはりさっきのアレは肉じゃがだったのか、と心の中で思う。
嬉しそうに笑うルークを見て、アッシュは目を細めた。以前はその笑顔を見るたびにイラついていたというのに、今は全くと言って良いほどそんなことは思わない。
むしろ、安らぎさえ覚えていて
(……………ほだされたな)
こうも慕われれば情も沸く、ということだろうか、と、自分を納得させ、その場を後にしようとする。
その時、
「いてっ」
ルークが小さく悲鳴を上げた。
「どうした?」
「あ、いや……包丁洗ってたら指切っちゃってさ」
「見せてみろ」
気が急く思いを押しとどめながら、焦って乱暴にルークの手を掴んで引き寄せる。
右手の人差し指を、薄く一筋の赤い線が走っていた。
どうやらかすっただけのようで、そんなに深くは無いらしい。その事にほっと息を吐いて、気付く。
(…………しまった)
ばくばくと嫌に大きく鼓動が聞こえながら、ゆっくりと視線をルークに移す。
真っ赤になったルークが、コッチを見ていた。
「あ、アッシュ…?」
「………この程度なら、舐めておけば治る」
「そ、そうだよな、舐めとけば……あ、アッシュ舐めんなよ!?」
「誰が舐めるか。この屑。」
「う。…そ、そうだよな、ごめん、俺」
なんか変なこと言った、と言いながら、慌ててアッシュの掴む手を引き抜く。
流したままの水で手を洗い流すルークを見ながら、アッシュはルークの手を掴んだ自分の手に視線を落とした。
(……今、)
確実に、心配していた。
悲鳴が聞こえた瞬間、体が硬直した。
傷があの程度だとわかった瞬間、あからさまにほっとした。
コレは確実に、情が移ったとかそういう程度ではなく。
(………ちくしょう)
気付いてしまった自分に腹を立てながら、ルークを残して厨房を後にする。
(まさか、同じ顔の奴に)
まだどきどきと煩い心臓に手を当てて、感情のままに舌打ちをした。
アイツの事が好きだと自覚した瞬間
アイツの感情も俺と同じであったらいいのにと 願ってしまった
あいつが俺に抱く感情は、親愛のそれと同じだとわかっているのに