マスター。

 

貴方が、大好きです。

 

 

 

紅い月の夜

 

 

 

「カイト、おいで」

 

真夜中、マスターが俺を呼んで手招きする。
ベッドに座るマスターの元へ、歩く。
直ぐ傍まで行くと、マスターが悲しそうな顔をしていることに気が付いた。

 

「マスター、どうしたんですか?」
「…あのな、カイト。」

 

マスターの綺麗な唇が動く。
ちらりと見える舌の動きを目で追った。
綴られる言葉は僕等ボーカロイドなんかよりも透き通っていて、聴覚を支配する。

 

「お前に異常が見つかったんだ。」
「異常?」
「だから、お前を手放さなきゃならない」

 

マスターの言葉の意味することがどういう事なのか一瞬理解が出来なかった。
バチッと頭の中で音がして、再び頭が回転しだす。
ようやく理解して導かれた結論は

 

「俺を、捨てるんですか」

 

淡々と事実を述べた俺の声。
マスターは痛々しい表情を浮かべて、違う、と小さく呟いた。

 

「お前の記憶を、消してもらう。

お前の異常は俺との記憶が原因なんだって。だから」

 

今の俺の記憶が全部なくなってしまう?
マスターに関する記憶の総てが初期化されて、俺じゃない俺がまたマスターの元に来るということ?
リンやレン、ミクはマスターの事を覚えているのに、俺だけ

マスターを 忘れる

 

「嫌です。」

 

唇が勝手に動いた。
マスターの言う事は絶対なのに、頭では分かっているのに違う部分が否定する。
視界にノイズが入って、マスターの顔がよく見えない。

 

「嫌、です。嫌だ。嫌だいやだいやだいやだいやだ」

 

マスターを忘れるなんてそんなの耐えられない!!
俺の総てはマスターだったのに、俺の唯一の絶対がマスターだったのに、ソレを失ってしまうなんて
マスターは忘れても平気なの?マスターは俺じゃない俺になっても平気なのか

 

「カイト…!」
「あ、あ」

 

バチッと音が聞こえる、思考が制御できない、機能が壊れてしまう

ああ、でも、俺はマスターを忘れてしまう

今の俺が、マスターから忘れられてしまう、そんなのは嫌だ

 

そうか

 

マスターに刻み込めば良い

 

「…カイト…?」

 

決して忘れられないよう、強く、深く傷跡を残して

 

「ッ……カイ…トッ!」
「マスター」

 

マスターの細い首筋に手をかけて、押す。
いとも簡単にベッドに倒れこんだマスターの上に馬乗りになって、見下ろした。
視界に入っているのは、マスターと、俺の手と、髪と、ベッドだけ。
決して俺には叶わないと知っているのに、マスターは俺の腕を離そうと抵抗してきた。
それも構わずに、力を込める。

ゆっくり、ゆっくり。

誰がしているのかわかるように

 

「俺が、消えるなら」

 

思い残すことのないように、今までやりたかったことの総てをやってしまえばいい。
マスターを、俺のものに。

俺だけのものに。

 

「か、いと」

 

震えた声で俺を呼ぶマスターの唇を、ぺろりと舐める。
びくっとマスターが体を震わせ、目を見開いた。
俺を見ていることを確認してから、深くキスをする。
怯えて奥に引っ込んだ舌を探り当て、絡めて。
唇を離すと、怯えた表情のマスターが俺を見ていて、何故か恍惚とした感情が体を駆け巡った。

ああ、マスターの総ては今俺が占めているんだ

 

「ずっと、思っていました。こうやって、マスターを俺のものにしたいって」

 

リンにも、レンにも、ミクにも優しいマスター。
俺だけじゃない優しさが苦しかった。
何もかもを俺のものにしたかった。

 

「マスター、今、貴方は俺のものです」

 

たとえ今だけだとしても、忘れられないほど刻めば良い。

 

「ね、マスター。俺、凄くしあわせです」

 

マスターの耳を甘く噛んで、顔を覗き込む。
目には涙が溜まっていて、苦しそうだ。
ああ、そろそろ離してあげないと本当に死んでしまうかもしれない。

 

一瞬、俺の事を考えながら死んでくれるならそれでも良いかもしれないと思ったけれど

 

ちゃんと、離す。

 

「あ………か、い……」
「大丈夫、マスター。」

 

優しく抱きしめて、耳元で甘く囁く。

 

「殺したりなんて、しませんから。」

 

貴方が俺を忘れられなくなればいい。
一生、俺を想って生きて、最期も俺を想って死んで。

 

「ね?マスター。」

 

にこっと笑いかけると、マスターはついに堪えきれなくなったのかボロボロと涙を零した。
ああ、泣かせてしまった。

 

から、と、遠慮がちに戸が開く音がした。

 

視線だけそっちに向けると、そこに居たのは

 

「レン…」

 

マスターが小さく彼の名前を呟いた。
その瞬間マスターの中に俺以外の存在が現れたことに急激に頭が冷めて、俺以外の存在が疎ましくなった。

 

「…カイトさん、マスター、何やってるの?」

 

レンの目が俺を警戒しているのがわかるけれど、そんなことはどうでも良くて。
普段なら絶対にしないような冷たい目で、レンを見据える。
そのまま、微笑んで

 

「なんでもないよ、レン。」
「嘘だ。」

 

ザザッと、ノイズが入る。
制御機能の暴走のせいか、強制的に終了されようとしているようだ。
駄目だ、まだマスターに、俺を

 

「カイトさん、駄目だ」

 

レンの手が俺に伸びる。
その手を、俺は何もしないで見ていた。

 

「マスターを傷つけちゃ駄目だ」

 

レンの目が、真っ直ぐに俺を捕らえる。
触れたレンの手は、少し震えていた。

 

「マスターを傷つけるのは、俺が許さない」

 

手は震えているのに、レンの声は真っ直ぐ響いた。
目には決意の色があって、俺は初めてレンの気持ちに気付いた。
レンも、きっとマスターの事が

 

(ああ)

 

こういう風に、言いたかった。

マスターを守ると、胸を張って

 

(いえたなら よかったのに)

 

俺はもう直ぐ消えてしまう。

レンがマスターの元に残るなら、マスターは

 

(そんなのは、嫌だ)

 

頭が熱い。

思考がまとまらなくて、壊れてしまいそうだ

 

(マスター)

(俺は、マスターを)

(好き)

(好きなら)

 

(何をすればいい?)

 

「…カイト、俺、お前がいらないとか、そういうんじゃないよ」

 

マスターの、声。

凛として、透き通った綺麗な

 

「待ってる。お前が、帰ってくるのを、ずっと。」

 

そうっと、マスターの手が俺の頭を撫でた。
ゆっくりとそっちを見ると、マスターは、優しく微笑んでいた。

視界が滲む

あれ

 

「マスター」

 

俺は、ずっと、貴方の傍にいたい

それだけ

 

「…カイトさん、俺、抜け駆けはしませんから、安心してください。」

 

少し嫌だけど、と、レンの声が聞こえる。

その声は、どこか楽しむような調子が含まれていて、つられて笑ってしまった。

負けないって、

返事をしようと口を開いた瞬間

 

 

ぶつん と 頭の中で音がして

 

俺の意識は強制終了された。

 

 

 

(すきです、ますたー)

(だいすき、です)

(ほんとは、れんも、りんも、みくも、みんなだいすきで)

(そのなかにずっと いたかっ た で    す)

 

 

 

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なんだか救われない話になってしまいましたorz
このあとちゃんとカイトさんは直って戻ってきますよ!記憶もちゃんと残ってますよ!
そしてレンくんと毎日バトルしてればいいと思います←
名無しさんのリクエスト、カイマス(←レン)でヤンデレ状態のカイトがマスターを襲うそこにレン登場 でした。

リクエストどうもありがとうございました!!