朝、目が覚めると、体がだるかった。

 

 

 

 

 

頭が痛い。気持ちが悪い。頭が熱い。寒気が多い。
唇がかさかさしていて、あぁ風邪だとすぐに分かった。
熱を測ると38度程度で、別に寝込むほどではないな、とぼんやりと思う。
その気になれば動けるが、早く治してしまいたい。
不快感を長期間味わうのは嫌だ。

直ぐに哲を呼んで、今日の仕事をキャンセルさせる。
誰も通さないように言いつけて、再び布団にもぐりこんだ。
風邪を引いたのは久しぶりで、頭痛と寒気に懐かしさすら覚えてしまう。

 

ぼんやりと、思う

 

今日はあの子、確か一つ任務があったはずだ

 

「…………………。」

 

別に来て欲しいわけじゃない。
むしろ居たら居たで騒がしい気がする。
そもそも、さっき哲に誰も通すなと言ったはずだ。
だから、此処に来るなんてことは、ない

(はず)

 

ごろりと寝返りをうって、枕に顔を埋める。

暖かくて気持ちがいい。

 

(……たまには、良いかもね)

 

群れてる奴らを咬み殺せないのが唯一の心残りだ。

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

目を覚ますと、頭がひんやりしていた。
何だ?と思って触ると、どうやら冷えピタが張ってあるらしい。
こんなもの買った覚えもなければ、買わせた覚えも無い。
そもそも誰も入れるなと言ったはずなのに、どうして人が居た形跡がある?

その疑問に答えるように、声が響いた。

 

「あ、おはようございます、雲雀さん」
「………………。」
「大丈夫ですか?寒気とかしませんか?」
「……君、何で此処にいるの」

 

がらりと戸を開けて入って来たのは、どうやらおかゆを運んできたらしいランボだった。
大方予想は付いていたとはいえ、どうやって此処まで入ってきたのか酷く気になる。

 

「哲さんにお願いして入れてもらいました!」
「……………」

 

給料少し引こうかな。
それはともかく、記憶通りなら確かにランボは今日任務が一つあったはずだ。
時計を見ると、現在時刻は午前11時。
こんなに早く終わるような内容だったのだろうか。

 

「今日は任務があったんじゃないの?」
「あ、それ、ボンゴレが別の日に回してくれました。」
「……………そう。」

 

きっとそのしわ寄せは後日、僕に来るんだろうと予想して深く溜息を付く。
つくづく甘いボスだ。その甘さが命取りになる世界だというのに。

 

「雲雀さん、あの、おかゆ作ってみたんです。どうぞ。」
「………ありがとう。」
「!!雲雀さんがお礼を言った……!?」
「何それ。僕だって礼ぐらい言うよ。」

 

言いながら彼からお粥を受け取り、熱を冷ましてからぱくりと一口。
予想よりも美味しくて、素直に感想をもらしたら、まるで新しい玩具を貰った子供のように、ランボが目を輝かせた。

 

「よかった、哲さんに味付け教えてもらったんです!」
「哲に?」
「はい!日本風の味付け知らなかったんで……」

 

そう言って照れたように頭を掻くランボを見てから、お粥に目を落す。
確かに哲なら僕の好みの味を知っていても不思議じゃない。
しかしソレを教えられるほど暇だったのか…。
明日から哲の仕事を増やそうか、なんて考えつつ、もう一口食べる。

美味しい

 

「冷えピタ、温まっちゃってますよね…新しいの持ってきますね。」

 

そう言って、僕の額からぺりぺりと冷えピタを外し、立ち上がって冷蔵庫へと向かったランボを見送りつつ、食べる。
食欲はあるようで、完食するのに時間はそうかからなかった。
寝汗をかいて気持ち悪いな、なんて思っていると、ランボが冷えピタを片手に戻ってきた。

 

「あ、お粥食べ終わったんですか?」
「うん。美味しかったよ。」
「…雲雀さん、熱あるとなんだか素直……って何でも無いです、すみませんっ!!」
「あんまりふざけたこと言うと、いくら君でも咬み殺すよ……」
「す、すみません!あ、冷えピタ張りますから!座ってくださいよ!」

 

ゆらりとトンファー片手に立ち上がった僕を見て冷や汗をためるランボを見て、不意に笑みがこぼれる。
だけどそれは決して優しいものじゃなく、獲物を見定めた悦びだ。
唯でさえ今は咬み殺せない苛立ちを抱えているというのに。

座った僕の額に冷えピタを恐る恐る張るランボを見て、まるで猛獣に触る子供のようだと笑いが漏れた。

 

「な、何で笑うんですか…?」
「別に。」

 

びくびくする彼を見るのは初めてじゃない。
昔から、彼がもっと子供の頃から何度も見ていた。
その度に、思っていた。

どうして彼は僕にだけ笑わないのか。と。

 

「あ、雲雀さん、寝汗とか拭いたほうが良いですよね」
「え?」
「今、タオルと着替え持ってきますから!」

 

そう言ってあわただしく部屋を出て行く彼を見て、一人取り残された僕は仰向けに布団に寝転んだ。
昔から何も変わらない。
彼は僕を見ればびくびくと怯えるし、少し笑ってくれても直ぐに僕がソレをかき消してしまう。

それは恋人と言う関係になってすら、変わらないままで

 

(……この僕がわざわざ面倒な関係にまでなってやってるのに)

 

束縛など許せないと思っていた僕が、彼に対してだけは違っていて
それに驚きさえしたけれど、嫌悪感や不快感なんて無いことにもっと驚いて
たとえ束縛されたとしても、彼をそれ以上に離せないだろうと思った自分にもっともっと驚いて

 

(僕が、こんなに)

 

らしくないことを考えるようになるなんて

やはり風邪は、嫌いだ。

 

(思考まで引きずられる)

 

せめて、

 

 

彼が笑ってくれれば、気も軽くなるかもしれないのに

 

 

「雲雀さんっ、持ってきました!」
「…………ねぇ」
「はい?」

 

僕の横に着替えと、お湯の入った桶を置くランボを身ながら、口角を吊り上げる。

 

「僕、動くのもだるいんだ」
「へ?」
「だから、君が拭いてくれる?」

 

クスっと笑みを深めてそういうと、ランボは顔を真っ赤にした。
まるでトマトみたいに赤い顔を見て、思わず噴出してしまう。

 

「冗談だよ。」

 

そういうと、拗ねたような目で僕を見る。
こんなにも彼を怒らせることは簡単なのに。

 

「タオル。貸して。」
「はい。」

 

ふくれっつらのランボを見て、僕が彼くらいの歳の時、こんな仕草をしただろうかと考える。
間違ってもありえない。絶対にしない。
何歳だろうと、こんな仕草はしなかったと思う。

タオルを受け取って、お湯に浸す。
着ていた着物をはだけさせると、ランボが慌てたようにまた顔を赤くした。

 

「どうしたの?ランボ」
「あ、あの、俺、ええっと」

 

どうして慌てているのか分かっていて、彼に理由を問い詰める。
まるで小動物のような反応を見せる彼が可愛らしく思えて、自分も重症だとぼんやりと思う。

 

「顔、真っ赤だよ」
「えっ、あ、ああっ」

 

慌てて頬を手で覆う彼を見ながら、濡れたタオルを絞って首筋を拭う。
心地よい温度と感触に目を細めながら、つ、と肩に向かってタオルを滑らせた。

 

「……ランボ、何?」
「へっ?あっ、いえ、そのっ」

 

タオルの動きを凝視するランボに内心笑いながら、体を拭う。
上半身を拭き終えたところで、ランボがもじもじと体をゆすり始めた。

 

「さっきから落ち着かないね」
「あっ、当たり前です!」
「そう?別に、こんなの見慣れてるだろ」
「みみみみ見慣れてなんかないですっ!!」

 

余りの挙動不審さに、思わず噴出してしまうと、ランボがかあっと顔をより赤く染めた。
もうこれ以上染まるところなんてないほどに赤くなった顔を見て、鼻で笑ってしまった。

 

「ランボ、水が飲みたいんだ。持ってきてくれる?」
「え?あっ、はいっ!」

 

逃がす口実を与えてあげると、大急ぎでランボがまた部屋から出て行く。
いつまで経っても初々しいランボを見て、くすくすと笑いを漏らした。
さっさと着替えて、布団をかぶる。
今朝よりは随分と良くなったらしく頭痛はしなくなっていた。

 

「はい、雲雀さんっ。お水持ってきましたよ!」
「うん」

 

受け取って、水を一気に飲み干す。
思ったよりも喉が渇いていたらしく、とても美味しく感じた。

 

「雲雀さん、他に何かすることはないですか?」
「……そろそろ帰ったほうがいいんじゃないの?」
「へ?」
「風邪、移るよ」

 

なんとなく思った事だったが、それがランボには気に食わなかったらしい。
拗ねたような顔をして、僕を睨みつけてきた。

 

「俺が傍に居ると迷惑ですか?」
「………別に」
「じゃあ、一緒に居ます。」

 

そう言って正座したまま動こうとしない彼を見て、小さく溜息をつく。
今まで風邪を引いたところを見たことが無いが、もし風邪を引かれたら面倒だ。
かと言って、無理やり追い出す気も起きない。
頭がぼんやりしてきて、思考がまとまらない。
考えることも面倒になってきて、好きなようにさせることにした。

 

「……雲雀さん、寝るんですか?」
「うん」
「おやすみなさい、雲雀さん」
「…うん」

 

眼を閉じて、眠気に身をゆだねる。
隣に居るぬくもりが何故か感じ取れて、何故か心地よくて

不意に、ふわ、と額に手を置かれる感覚がして

 

(あ、)

 

なんとなく、冷たくて

 

(…なんか、)

 

無性に、キスしたくなった

 

 

(だるくて眠くて体が動かないから、しないけれど)

 

 

 

 

 

翌日、元気になった僕とは対照的に、ランボが熱を出したと綱吉に報告された。

 

(あぁ、もう。だから言ったのに)

 

 

 

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比較的甘えんぼな雲雀さんになりました。
夏生さんのリクエスト、ヒバランで風邪ひき雲雀さんを一生懸命看病するランボでした。

リクエスト、どうもありがとうございました!!