ふわりと香るのは、違う匂い
マスターのものではない、香り
気持ちを抑えて
「マスター、おかえりなさい」
「ただいま、カイト。」
バイトから帰ってきたマスターを笑顔で迎えて、鞄を持つ。
マスターはいつも遠慮して持たせてくれないんだけど、今日は何も言われなかった。
よく顔を見ると、少しだけ顔色が悪い気がする。
疲れているのかな、と思って、目の前を通り過ぎたマスターに声を掛けようとした時だった。
香る、知らない匂い
「………マスター、何かありましたか?」
「え?」
マスターが驚いたようにこっちを見た。
どうやら何かあったらしい。
「や……そんな大げさなことじゃないんだけどさ」
苦笑したマスターが話し出したのは、バイト中の出来事だった。
僕のしらないマスターの友人と一緒にやっているバイトの休み時間に、その友人が突然嘆きだしたという。
彼女に振られたらしいその友人は、マスターに縋りついたらしい。
「お前が女だったら彼女にしたのにー、なんて言われてもなぁ……俺はごめんだっつーの。」
けらけらと笑うマスターは話を続けた。
そのあと、引き剥がすのにかなり苦労して、帰り道も愚痴などを聞いてあげたらしい。
少し疲れた、と、溜息混じりに呟いた。
「ほんと、疲れた……」
「お疲れ様です、マスター。」
気持ちを悟られないように、笑顔で隠す。
今すぐにでもマスターを自分だけのモノにしたい欲望を、隠して。
「マスター。」
「ん?」
自室のベッドに腰を下ろしたマスターを抱きしめる。
マスターは僕の頭をなでてくれた。
少し子供扱いされている気がしたけれど、嬉しい。
「どこ、触られたんですか?」
「触られたって……んな大げさなことじゃないってのに。」
くすくすと笑うマスターを見ながら、抱きしめる手に力を入れた。
こうして、その友人は抱きついたのだろうか。
こみ上げる激情を押さえ込んだ。
「カイト、こっち向け。」
「?」
マスターに背中を叩かれて、少し放してマスターの顔を覗き込む。
なんですか、と言おうとして、口を開こうとした瞬間だった。
ちゅ
「…………!?」
「うばっちゃった?」
「……いつのCMのマネですか。」
「いや、今のは照れ隠しだから。」
ほんのりと顔を染めるマスターを、半ば呆然としてみつめる。
今、キスされた。キスしてくれた
「……珍しいですね、マスターからキスなんて」
「五月蝿い、言うな。」
自分の唇を押さえながら、マスターを見る。
ものすごく顔が真っ赤で、トマトみたいになっている。
こんな表情を見れるのは、僕だけなのだろうか。
「マスター、もっと見せてください。」
「お前、ふざけんな…!」
「可愛いです、マスター。すごく可愛いです。」
「男に可愛いなんて形容詞使うんじゃねーよ!」
「だって、可愛いんです。マスター、大好きです。」
「………………ッ!」
マスターの顔を両手で挟んで、じっくり顔を覗き込む。
恥ずかしいらしいマスターは、慌てて顔を隠そうと身をよじった。
だけどそれを許さないでじっと顔を見る。可愛い。
「カイト、放せ。」
「嫌です。」
「っ、見るな!」
「わかりました。」
少し残念だけど、仕方が無い。
マスターの顔から手を放して、ぎゅっと強く抱きしめた。
離れたくないけど、顔を見るなといわれたから。
「か、カイト」
「大好きです、マスター、大好きです」
「わ、わかったから、放せ…っ!」
「嫌です。」
きっぱりと言うと、もがいていたマスターは何かを諦めたように溜息を付いた。
かわりに僕の背中にぽんっと手を置いてくれて、僕は一層嬉しくなる。好きだ、好きだ、好きだ、大好きだ。
(マスター、大好きです、ずっと僕だけのものでいてください)
いえない言葉を、飲み込んで
「マスター、僕は貴方だけのものですから」
「………うん」
僕の背中に回ったマスターの手に、力が込められる。
背中を優しくなでて、マスターの肩に顔を埋めた。
閉じ込めることが出来たならいいのに と
(そんな事をすればマスターは悲しんでしまうだろうからいえないけれど)
-----------------------------------------------------------------------------------
がんばって我慢するヤンデレカイト。
マスターはカイトの想いを薄々感づいているけど、叶えられないから気付いてないふりをしています。
匿名希望さんのリクエスト、ヤキモチを妬いて不機嫌になりつつ、マスターにべったりなヤンデレカイトでした!リクエスト、どうもありがとうございました!