「好き」という感情がいくつもあるということを、マスターは僕に教えてくれた。
まだわからない
「例えばさ、お前がアイスを好きっていうのと、俺が犬を好きっていうのは同じ好きなわけ。」
ぽんぽん、と僕の頭を撫でながら、マスターはまだ学習中の僕に分かるように教えてくれる。
まだ感情を習得していない僕は、ただ無表情でそれを聞いていた。
「でも、好きってのはそれだけじゃないんだ。人は友達とか、恋人とか、親とか、それぞれ違う関係の名前をつけてるだろ?」
優しく微笑むマスターの笑顔は「好き」だと認識している。
この「好き」は、どの「好き」に当てはまるのだろうか。
僕はマスターが「好き」だけど、それはどんな関係の名前をつけることが出来るだろうか。
「お前は、マスターを好きになる。」
こつん、とマスターの額が僕の額に触れる。
マスターの体温が皮膚を通して伝わってくる。
おそらく36度5分。人間の平熱だ。
「その好きは、どういう名前がつくんだろうな。」
「……マスターでもわからないんですか?」
「俺が、カイトの気持ちの全てを理解できるわけじゃねーからな」
苦笑気味に言いながら、マスターは額を離して、わしゃわしゃと僕の頭をなでてくれた。
細く、器用そうな綺麗な指先が離れて行く。
僕を作ってくれた、優しい手。
「僕は、マスターが好きです。」
「俺も好きだよ。カイト。」
マスターは優しく微笑んでいるはずなのに、何故か少し悲しそうに見えた。
この僅かな表情の変化が感情なのだろうか。
嬉しいときと、複雑なときで笑顔が微妙に変わる。
その変化を感じ取り、学習する。
「カイト、笑ってみ?」
言われたとおり、微笑んでみる。
記憶にあるマスターの笑顔を思い浮かべながら、けれど真似はしない。
優しく、マスターを見れるように
「……俺、カイトの笑顔、好きだよ」
「僕も、マスターの笑顔が好きです。」
だから さっきみたいな悲しそうな笑顔じゃなくて、幸せそうに笑っていて欲しい。
そう願うのは、「好き」という感情がそうさせているのだろうか。
俺がマスターに抱く「好き」は、どんな「好き」?
「マスター。わかりません」
「…何が?」
「僕は、マスターが好きです。この好きは、どんな好きなんですか?」
「んー……親と子、かな?」
「……少し、違う気がします」
マスターの傍に居たい。
マスターが笑顔で居られるように、守る為に。願わくば その笑顔を一番近くで見てみたい。
そう思うこの感情は、何?
「好き…です。マスター。」
「俺も、好きだよ」
でも、とマスターは目を伏せた。
「多分、俺とお前の”好き”は違うんだろうな」
小さく、本当に小さく呟かれた言葉をかろうじて聞き取れた。
好き が マスターが僕を思う好き とは違う?
それが、さっき笑顔を悲しく見せた感情の原因なんですか?
それならば、そうなんだろう。マスターに作られてから今まで、ずっと傍で過ごしてきた僕でも、まだわからないマスターの感情がある。
感情を覚えたはずの僕でも分からない感情。
時々見えるその感情は、必ず僕を動揺させる。
「カイト、俺はね。お前の事は自分の子供のように思ってると思ってたんだ」
一瞬ツキンと胸が痛んだ気がした。
胸には人とは違って心臓なんかないはずなのに。
「でも、最近気付いたんだ。俺、お前の事を一人の人間としてみてる。」
「………それは、どういうことですか?」
「……好きってことだよ。」
マスターが、切なそうに、でも優しく笑う。
この「好き」は、食べ物や動物に対する好きとも違うとはっきりとわかった。
きっと 僕もマスターと同じ「好き」
「ずっと一緒にいるうちにさ、どんどん人間らしくなっていくカイトがすげー好きになっちゃった。」
「…僕もです、マスター。」
「え?」
「僕も、マスターが好きです。」
「……その好きと、俺の好きは違うよ、カイト。俺は、お前の事……」
マスターは一瞬泣きそうな顔になった。
僕の言葉で、マスターが泣いてしまう。
僕はきっと言葉を間違ったんだと直感的に理解した。
それなら、もっと、違う言葉を検索する。
「好き」だけと、もっと、それ以上の同じ意味を込める言葉。マスターと同じ「好き」の意味を持つ言葉を、捜す。
「お前はさ、こうやっても、何も感じないだろ?」
マスターが、僕の手を取って指を絡めて握り締める。
僕は心臓が無いはずなのに、どくんと何かが脈打つような気がした。
マスターの体温と鼓動が伝わってくる。
速い鼓動と、暖かい体温に、俺の体も呼応するかのように。
「俺は、すげードキドキすんの。目とか見るだけでさ、かなり緊張しちゃったりな」
早く、言葉を見つけなければ。
マスターが目を伏せた。
今にも泣いてしまいそうな表情に見えて、僕は焦る。
早く。早く。早く。
「俺はね、カイト。お前に恋してるんだよ。……なんて言ったら、ちょっと恥ずかしいけどな」
「恋…?」
「好きよりも、もっと好きってこと」
好きだけど それよりも、もっと
見つけた
「マスター、僕は、マスターの事を愛しています」
やっと見つけた言葉を紡ぐ。
自然と口調が優しくなり、甘い声色になっていることに驚いた。
僕はきっと今、笑っているんだろう。
嬉しくて仕方が無いのだから。マスターの目が見開かれ、俺をしっかりと瞳に映した。
泣きそうな顔が、一瞬唖然とした表情になる。
そして、また泣きそうにゆがめられ、けれどどこか嬉しそうで
「その言葉、どこで覚えたんだよ。俺、教えてないぞ」
「愛 という言葉の意味は教えてもらいました」
「それを応用したのかよ」
「はい。僕のマスターへの気持ちは、これに一番当てはまります」
マスターの綺麗な瞳に涙が溜まり、ぽたりと地面に流れ落ちた。
何故か僕は、マスターが泣いてしまっているのに嬉しく思っていた。
やっと気持ちを伝えることができたからなのか、それともマスターと同じ「好き」を導き出せたからなのか。
「マスター、僕はマスターが好きです。好きよりもっと、大好きです。」
マスターの頭を優しくなでる。
少しの間のあと、マスターは何も言わずに僕にすがり付いて泣き始めた。僕はマスターの背中を、ずっと優しくさすっていた。
すすり泣くマスターが、小さく「好き」と言った気がした。
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続き物で書いてるカイマスとはまた違った設定で作ってみました。
マスターは科学者設定です。生かせてませんが。
……はたしてこれで、最期甘めになってるのか激しく不安です。
サエさんのリクエスト、カイマスでシリアス⇒甘めなお話でした。リクエスト、ありがとうございました!!