ふとアイツが傍を通った瞬間、甘い香りが鼻をくすぐる
「オイ」
呼び止めるとアイツはピタリと足をとめ、胡散臭い笑顔を貼り付けてくるりと振り返った。
にっこりと笑うその顔は一見優しげに見えるが、本当の笑顔ではないと知っていれば無表情と代わりが無い。
「香水でもつけてるのか?」
「つけてますよ。紳士のたしなみですから。」
「はっ」
興味があるんですか?なんていいながら、ジェイドが俺との距離を詰める。
甘い香りが強くなり、思わず眉根を寄せた。
(匂いが強くてクラクラしやがる)
甘い香りが鼻腔を通り、感覚神経を刺激して脳髄を溶かしているような錯覚を覚えたが、まさかそのまま顔に出すわけにもいかずに表情を引き締める。
すると案の定、ジェイドは俺が不快に思っていると判断したらしく、少しばかり表情に苦味を含ませた。
「苦手ですか?こういう香りは」
「別に」
屋敷に居たころはもっと様々な香水の香りを嗅いだことがある。
そういう意味で言えば苦手ではないが、その香りがもたらす感覚に慣れているわけじゃない。
とりわけジェイドのつけている香水は、今までに嗅いだことの無い香りだった。何かを誘うような甘い香り
「甘い」
「花の香りがイメージだそうですよ」
「あんまり近づくんじゃねぇ。匂いが強くてクラクラする」
よく匂いをかがせるためか、顔を近づけてきたので思わず顔を背けてしまった。
既に頭の奥がしびれているように感じられた。
一歩後ろに下がると、背中に壁が当たる。そういえば俺は壁際に立っていたんだったと思うと同時に、ジェイドの手が俺の顔の真横を突いた。
「……何の真似だ」
「口説いてみようかと思いまして」
「遊びなら他でやれ。屑が」
にっこりと笑うその表情は明らかにこの状態を楽しんでいる。
性質が悪い事は前々から知っていたが、匂いに弱っているところに追い討ちをかけるとは陰険なやつだ。
第一どうして俺がコイツと同室にならなくてはならないのか。
偶然に泊まった宿が同じで、しかも部屋が空いていなかったのが不運だったんだ。
せめてガイやルークならば、こんな気苦労はしなくても済んだのだろうか
(……それはそれで、神経をすり減らしそうだな)
おそらく向こうも気をつかった結果なんだろう、とも思う。
あのメンバーの中で一番俺とのわだかまりが少ないのはジェイドだと思っているんだろう。実際はそうでもなく、最も関係性が深いのだが
「何を考えてるんですか?」
「いい加減俺で遊ぶのを止めろ」
「遊んでなんか居ませんよ」
くすくすと笑いながら俺の横に付いた手を離し、距離を置く。
あっさりと追い詰めておきながら、直ぐに俺を解放するのだから遊んでいると思ってしまうのは仕方が無いだろう。
こういったやり取りを二人きりになるたびに繰り返しているのだから、余計。
「この香水、少しばかり媚薬効果も入ってますから」
「………は?」
「よくあるじゃないですか。意中の人を落とすとかキャッチフレーズがついているものが。」
「……なんでテメーがソレをつける必要がある」
媚薬効果、といわれれば、先程から匂いを嗅ぐ度に頭がクラクラする理由は分かる。
どうりでしびれるような感覚を覚えるわけだ。けれどソレをジェイドがつける意味が分からない。
また何時ものようにふざけて遊んでいるのか、それとも別の理由があるのか。しかしジェイドにこんな小細工までして落としたいと思うほどの相手がいるとも思えずに首をひねる。
そもそも性格さえ除けば綺麗な男なのだから、女には苦労しないだろうに
(……別にコイツが誰と何してようが俺は関係ねぇだろうが)
自分で考えたことで少なからず傷ついたことに動揺して舌打ちをする。
関係が無いはずなのに、いちいちジェイドが女といちゃついてることを想像して胸を痛めるとはどういうことだ。
(気付かない様に気をつけていたのに)
最初にこの胸の痛みを感じたのは、ジェイドがこの遊びを始めた時だった。
からかわれているのだと割り切っているつもりなのにいちいちこうして反応をしてしまう理由には気付いていた。
けれどそれに気付かないフリをして今までずるずると、こういった遊びに付き合ってきたのだが、そろそろ限界かもしれない。知らない香りがするだけで、気になって仕方が無いほどには、好きになってしまっている
(死んでも、気付かれてたまるか)
「朝からつけて皆さんの反応をうかがってみたんですけど、反応したのは貴方だけでしたよ」
「此処が密室だからだろうが」
心の中で葛藤しながら、口では憎まれ口を叩く。
生憎と素直に生きるなんてことは7年前に忘れてしまった。
貼り付けていた笑みに僅かに楽しそうな色が見えて思わず目を細める。からかって、楽しんでいるのはわかっているのに
(いちいち期待なんか 馬鹿じゃねぇのか)
香りが強い
クラクラする
香りに酔う、というのはこういうことを言うのか なんてぼんやりと思う
「だから、俺で遊ぶな」
「遊んでるつもりは無いんですけどねぇ」
二度目の会話を繰り返し、ジェイドから離れる為に壁から背を浮かせた
次の瞬間、ジェイドの手が再び俺の顔の横に突かれて目を見開く。
「貴方こそ、正直になったらどうですか?」
「何の話だ」
「この香り、実は特定の人にしか嗅げないようになっているんです。少なからず私に好意を抱いている証拠ですよ」
「な……に」
どくんと強く心臓が脈打った。
まさか、そんな香りがあってたまるか。
強く動揺して瞳が揺れるけれど、その動揺を悟られるわけには行かない。
眼鏡越しにジェイドの赤い瞳を睨みつけた。
「ふざけた嘘ついてんじゃねぇよ」
「ええ、香水のことは嘘ですよ。ですが今の反応を見たところ、私の推測は当たっていると思うんですが」
「馬鹿言ってん、じゃ、」
ジェイドがゆっくりと顔を近づけた。
香りが強まり、くらくらする。
目蓋が下りそうになるのを必死に堪えることに一生懸命になっていると、頭上から低い声色で囁かれた。
「覚悟しておいてくださいよ。」
視線を上げると、ジェイドと目が合い思わず逸らす。
一瞬だけ見えたその表情は、今まで見たことが無いような、甘い笑顔だった
逃げられない
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ねいさんのリクエストでツンデレなジェイアシュでした!
ジェイドもツンデレにしようと思っていたのに何故かアッシュだけがツンデレになりました…。
しかしジェイドは「すき」とは一言も言っていませんので、そこのところはツンデレなのかな、と。
多分ジェイドはアッシュが好きだと言うまで絶対にそういう類の言葉を言わないと思ってまsリクエスト、どうもありがとうございました!