「たまには素直になればいいじゃないですか。」
「どの口がほざきやがる」
「この口です。…まだ子供なんですし、たまには大人に甘えたらどうですか?」

 

横目でちらりとジェイドを見ると、ニッコリと微笑みを返された。

 

 

 

意地っ張り

 

 

 

ケテルブルクのホテルの一室。
偶然この街でレプリカたちに出くわした俺は、何故か奴等と同じホテルに泊まっていた。
ここで出くわしたことは全くの想定外だ。
レプリカと俺の間を取り持とうとしているのかナタリアは妙に必死に訴えてくるわ、死霊使い殿まで悪ノリするわ散々だ。
その死霊使いもといジェイドのコネを使ってホテル代は浮くものの、あいつらと同じホテルだと思うだけで若干居心地が悪い。

そして何より、俺の部屋にジェイドがいるということが一番居心地が悪くなっている原因だ。

 

「嫌ですねぇ、親睦を深めようとしているだけじゃないですか。」
「嘘を付くならもっとマシな事を言いやがれ」

 

やれやれ、と肩をすくめて溜息を付くジェイドの態度は、あからさまに演技がかっていて腹が立つ。
乱暴に服を一枚脱ぎ捨てて、ベッドの上に放り投げる。
手袋も外し同じように投げ、どかっとベッドに腰を下ろした。

 

「おやおや、もしかして誘ってるんですか?」
「そんなわけ無いだろうがこの屑がッ!!」

 

にやにやと、明らかにからかっていると分かるものの全力で否定しておくにこしたことはない。
ヘタをすれば、悪ノリしてくるような奴だとわかっているからこそ、先に釘を刺しておかなくては。
若干高潮する顔でジェイドを睨みつけるが、にっこりとした食えない笑顔でかわされた。
それに苛立つが、まくし立てても結果が同じになることは見えている。

 

「さっさと用事を済ませろ。これ以上ふざけるようなら部屋から叩き出すぞ。」
「全く、短気ですねぇ。顔が赤いですよ?」
「五月蝿ぇッ!」
「それでは、遠慮なく。」

 

ジェイドが俺の正面に座り、右腕を取って手首の内側に指を乗せる。
どくん、と脈がジェイドの指を押し返す感覚が伝わって、何故かそこが熱く感じた。

 

「特に異常があるわけではありませんが、念のために調べさせていただきますよ。」
「さっさとしろ。」
「そう急かさないでくださいよ。照れてるんですか?」
「いちいち余計な事を言うんじゃねぇ!!」

 

普段ではありえないほど至近距離で、ジェイドが笑う。
その振動が腕から伝わり、僅かに身体を強張らせる。
眼鏡の奥の赤い瞳は俺の右腕に視線を注いでいて、俺が見ていることには気付いていないようだった。

 

(……赤色)

 

俺の髪とどちらが紅いだろうか、等とくだらないことを考えて、心の中で舌打ちをした。
どうにもジェイドを相手にしていると調子が狂う。
それにこの感情は、まるで

 

(……俺がコイツを好きだなんて、あってたまるかッ!)

 

ぎりっと歯を食いしばって、睨むようにジェイドを見る。
そもそもどこに惚れる要素があるというのか。
見目はいいが、性格が悪すぎる。人をからかうことと皮肉を言うことに無駄な才能を使っているようにしか思えない。

ふと、ジェイドがルークを見るときの目を思い出した。

他の連中は俺を見るときに、少なからずどこかルークと重ねて見ている。
けれどジェイドからの視線に、そういったものを感じたことは一度も無かった。
そしてルークと俺を分けた上での言葉を寄越す。
からかいや皮肉の中には、一度だって俺とルークを比較し嘲笑するようなものはなかった。

 

(……あえて言えばそんなところか)

 

何故かすんなりと恋心を認めている自分に少し驚いたが、おそらく事実だから仕方が無いのだろう。
もう一度ジェイドの目を見ようと視線を上げると、パチッとジェイドとかち合った。

 

「ッ……いきなりこっちを見るんじゃねぇ!」
「理不尽な事を言いますねぇ。顔が真っ赤じゃないですか。」
「五月蝿ェ屑がッ!!」

 

胡散臭い笑顔と馬鹿にするような声の調子でからかうジェイドを睨みつけながら、咄嗟に罵声を浴びせかける。
自分の中で恋心を自覚したとはいえ、それをコイツに悟らせてなるものか!

 

(絶対、言わねぇ……!!)

 

どくっどくっと脈が早まっているのを感じて、落ち着こうと深く息を吐く。
顔が火照っているような気がするが、自分で見れないからわからない。

 

「特に異常は見られませんね。」

 

ジェイドの声に目を開けると、それとほぼ同時に右腕からかすかな温もりが消え去った。
顔を上げると、既に腰を上げて手袋をしなおしているジェイドの姿が眼に入る。

 

「では、用事も済みましたし。どうぞごゆっくり。」

 

にっこりといつもの胡散臭い笑顔を浮かべ、ジェイドはドアに向かって歩き出した。
あと数歩だけ歩けば、この部屋から出て行ってしまうだろう。
だからと言って、どうすればいい?
特に引きとめなければならない理由も無い。
けれど、このままでは直ぐに部屋からジェイドが出て行ってしまう。

 

(……どうして引きとめようとしてるんだ、俺は)

 

さっさと用事を済ませて帰れ、と言ったのは俺だ。
なのにいざジェイドが帰ろうとすると、引きとめよう等と思ってしまった。
どうしてなのか理由も分からないままに腰を上げて、腕を伸ばす。

 

(だから、捕まえて一体どうするつもりなんだ)

 

引きとめる理由も無ければジェイドがここに止まる理由も無い。
伸ばした右腕は宙を掻き、力なくうなだれた。
声を出すことも忘れていることに気が付いたが、仮に何かを言えたとして何を言うつもりだったのか。

ただ、遠ざかる背中を見て、なんともいえない感情と焦燥感を味わうだけだ。

 

急にジェイドが足を止め、こちらを振り返った。
ぱちっと目が合って、何故かジェイドが驚いたような顔をする。
こっちはこっちで、何故振り向いたのか分からないし、何故驚いたような表情をしているのかも分からなくて眉根を寄せた。

 

「……何だ。」
「いえ……強い視線を感じたので振り返っただけですが。そちらこそ、何か私に言いたいことがあったのではありませんか?」
「ッ……何かあったらさっさと呼び止めてるだろうが。いいからさっさと帰れ。」

 

ジェイドから視線を外して、手で追い払う仕草をする。
もしかして、さっき思っていたことが全て顔に出ていたのではないかと不安になったから目を逸らしたのだが、それがいけなかったことに後で気付いた。
コツコツと靴音が響いたと思った直後、左腕を掴まれて驚いて前を向く。
さっき脈を取っていた時と同じくらいの距離にジェイドが立っていて驚いた。

 

「何か不安な事があるなら、言った方がいいですよ。」
「誰も不安だなんて言ってない。」
「ええ……ですが、先程の視線は随分と不安そうに見えたので。」

 

ジェイドは俺の腕を掴んでいない方の手で眼鏡を押し上げると、探るように赤い瞳を俺の目に向けた。
心中が見透かされそうな気がしたが、あえてその目を睨みつける。
視線を逸らしたら最期、ジェイドの言葉が図星だと肯定してしまうのではないかと恐れたからだ。

 

「…たまには素直になればいいじゃないですか。」

 

予想外の言葉に目を見開き、唖然としてジェイドを見る。

 

「……どの口がほざきやがる」
「この口です。…まだ子供なんですし、たまには大人に甘えたらどうですか?」

 

ようやく口から出た皮肉もさらりとかわし、ジェイドはいつもの笑顔でにっこりと笑った。
その笑顔が気に食わなくて睨み続けていると、不意に表情が一変する。

 

「そう意地を張っていると、素直になりたい時に後悔しますよ?」
「するかッ!」

 

現在進行形で後悔しているが、口から付いて出たのはまた意地から出た言葉だった。

 

(……今、後悔している?)

 

すんなりと思ってしまった事に本気で驚いた。
今、どうして俺は後悔しているのか自分でも分かっていないのに、「後悔している」という事実には気付いている。
理由がわからないままに後悔するなど馬鹿らしいと思っているのに、実際にしてしまっているのだからどうしようもない。

 

いったい、素直になったらどんな言葉が出てしまうのか。

 

「……まあ、いいんですけどね。苦労するのは私ではありませんし。失礼しました。」

「待て」

 

ジェイドは小さく溜息を付いた後、俺の腕から手を離してまたドアに向かって歩き出した。

さっきと違うのは、俺の腕がしっかりとジェイドの服を掴んだこと。

そして、声を出すことを忘れなかったこと。

 

「……もう少し、話をさせろ」

 

素直に、とは思ったものの、羞恥心やらプライドやらがぐちゃぐちゃと絡み合って、搾り出すように口から出た言葉は精一杯すぎて拙いものだった。
それでも俺には一杯一杯で、ただジェイドの服を掴んだ手を放さないことしか出来ない。

ジェイドは驚いたように目を見開いた後、俺の顔を見て---------

胡散臭いあの笑顔ではなく、にっこりと笑った。

 

 

「わかりました。いいですよ。」

 

ぽん、と頭に置かれた手は思ったよりも暖かかったことに驚いたが、それよりも初めて見せたその笑顔に目が奪われて離せない。

 

「子供のわがままに付き合うのは、大人の務めですから。」
「……………。」

 

一気に感情が冷めるのを感じて、見開いていた目を少しずつ伏せるようにして睨みつける。
ジェイドの笑顔もさっきの一瞬だけで、また胡散臭いあの笑顔に戻ってしまっていた。

 

「いやぁ、子供に甘えられるなんてはじめての経験ですよ。」
「誰も甘えてねぇだろうがッ!!ガキ扱いするんじゃねぇッ!!」
「癇癪を起こすうちは子供で十分です。さあ、どんどん話してください。どんな愚痴でも愛の告白でも、きちんと聞いてあげますよー?」
「なっ、なんでテメェに愛の告白なんぞしなきゃならねぇんだッ!この屑がッ!」
「おや、違うんですか?顔が真っ赤ですから、てっきりそういう類なのかと。」
「ふざけんじゃねぇ!!」

 

結局は、考えるよりも先に意地が口を付いて出てしまう。
それもこれも、人の神経を逆なでするジェイドが悪いのだと割り切って、甘い雰囲気の霧散した部屋で声が枯れるまで叫び続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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……素直って、なんですk(ry
すみませんなんか思いッきりリクエストからかけ離れた気がしてなりません(汗
両想い前提で書けばよかったと中盤まで書いてから思いました。
イロハさん、リクエストどうもありがとうございました!
……今後、リベンジしたものをアップさせてください……orz