「貴方が欲しいんですよ、アッシュ」
これは、布石だ。
「何、馬鹿な事を言ってんだテメェ……!」
強情で怯まない彼を手に入れる為の、布石
「あくまで逃げると言うのなら捕まえるまで。どこまでも追いましょう。どんな手段を使っても。…つまりは、ただそれだけのことですよ」
私は貴方を手に入れる
全ての戦いが終った三年後、ルークは帰って来た。
嫌がるアッシュを連れてキムラスカへと到着して、直ぐに彼らは英雄と祭り上げられた。
キムラスカの貴族として与えられた役割をこなしながら、仕事のおぼつかないルークをアッシュがフォローしつつ、一年が経つ。
「そろそろ、ルークもアッシュの手を離れる時期でしょうかねぇ。」
「…なんだテメェ、また来たのか。」
「ええ。何度でも来ますよ。」
含みのある笑みを浮かべて見せると、アッシュは僅かに顔を紅潮させて私から無理やり目を逸らした。
意識していることが見て取れることが面白くて、つい笑い声をもらす。
「ルークも随分と仕事に慣れた様子じゃないですか。」
「だからと言って俺が此処を離れる理由にはならねぇよ」
「…ということは、今回の答えもノーですか。」
「当たり前だ。…俺は此処でやることがある。」
この一年、私はアッシュを、マルクトへ来ないかと誘っている。
建前上はアッシュの軍人としての腕を見込んでのこと、となっているが、実のところは私の単なる我儘だ。
アッシュもそれを分かっているからこそ、強気の態度で居られるんだろう。
「ナタリアとの約束、ですか」
「………。」
彼と、その幼馴染であり元婚約者との小さい頃の約束。
アッシュはそれを果たすために、既に様々な政策を進めてきた。
各村への視察、現場での指揮。それらは確実に成果を上げており、現在のキムラスカは以前とは比べ物にならないほど豊かな国となっていた。
もちろんそれはアッシュだけではなく、ルークとナタリア王女の働きにもよるが、率先して自ら動くアッシュの働きが大きいだろう。
「……今のままじゃ、いられねぇのか」
アッシュらしくない小さな声が廊下に響く。
視線を向けると、すがりつくような目を向けるアッシュがいた。
「そんな目で見ないでくださいよ。…今此処で襲われたいんですか?」
「なっ…何言ってやがるこの屑が!」
「駄目ですよ、アッシュ。私は貴方の一部だけで満足していられない。」
数歩の距離をつめて、赤面した彼に近づく。
僅かに身構えたものの距離をとろうとしない彼の頭を優しく撫でる。
「…これが最後です。マルクトへ来る気はありませんか?」
「………ッ」
一年。
一年かけて、私は彼をここまで落とした。
敵意をむき出しにされていた一年前から、こうして私を意識し、触れるだけで彼が目蓋を震わせる程に彼との距離は近づいた。
おそらく、本気でマルクトに来ることを嫌がっているわけではないのだろう。
しかし一年間拒否し続けたことで、彼の強情な性格が災いして、素直に来ると言う切欠を失ってしまった。----ならば、切欠を与えるまで。
「…これ以上聞いても無駄ですね。」
「!」
「何度もしつこくお聞きしてすみませんでした。もう、この話は持ち出しませんから」
「ッ…テメェ…!!」
胸倉を掴まれて一瞬息が詰まるが、表情はあえて崩さない。
出来る限り冷静を装って、彼を見下ろした。
「テメェ…あれだけ人を追い詰めておいて、諦めるって言うのかよ…!」
「貴方が拒否したんですよ。アッシュ。」
「うるせぇ!!」
焦燥と怒りをあらわにした目を向けるアッシュを、真っ向から受け止める。
歯を軋ませるほど食いしばっているらしく、ギリ、と音が聞こえた。
「諦めないんじゃなかったのか…」
「………。」
「……もう、いい」
アッシュの手が離れ、僅かに咳き込み息を整える。
凛とした彼の背中が遠ざかっていくのを、なんとも言えない気分で見送った。
「……この話はもうしませんよ。貴方にはね。」
私は踵を返し、廊下を戻る。
口元に笑みを残したままで。
「今…何て」
「マルクトから正式に申し込みが来たのだ、アッシュ。お前を親善大使としてこちらへ送ってはくれないか、と。」
謁見の間で、ナタリアの父親である王から聞いた話に、俺は動揺を隠せなかった。
アイツはこんな事、一度も言ってなかった。
それどころか、今日廊下で逢ったアイツは、この件はもう諦めると言ったのに…!
「此処一年のキムラスカの功績のほとんどはお前のおかげだ、アッシュ。そのお前の手を借りたいということらしい。」
「っ…それならば、ルークでも事足りるでしょう。アイツの功績だって少なくない。それなのに、どうして」
「何故お前なのか、ということか。…それはカーティス大佐に聞け。彼が、お前を親善大使にとご指名なさったそうだ。」
「ジェイドが…?」
ジェイドが。
俺を、欲しいと
『…つまりは、ただそれだけのことですよ』
「ッ……あの野郎……!!」
ジェイドは一度も、「諦める」とは口に出していない。
俺が詰め寄った時も、その部分には口を閉ざしていた。
何もいえないのかと思っていたがそうじゃない。アイツは俺を手に入れる為に、有言実行しただけだ。
「良いか?アッシュ。」
「………わかりました。」
「その話、お受けいたします」
「いやあ、良かった良かった。苦労が無駄にならずに済みましたよー。」
「何を白々と……。」
「アッシュがいけないんですよ。」
部屋に戻ってきたアッシュを笑顔で出迎えたジェイド。
それに脱力してベッドに倒れこむアッシュに覆いかぶさるように、ジェイドが隣に腰を下ろした。
「素直に来ると言えばそれでトントンで話が進んだんですけどね。」
「……ふん」
仰向けに寝転がったアッシュの顔にかかった髪を取ってやりながら、ジェイドは小さく笑った。
「やっと手に入れましたよ。」
近づいてくるジェイドの顔に、アッシュはほんのりと頬を赤らめる。
そして、やがてゆっくりと目を閉じた。
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予想外の終わりになりました。ジェイドの変態。
藍廼戒音さんのリクエスト、ネクロマンサーの本領 発揮でアッシュを手にいれるために動き、アッシュを盛大に口説くお話でした!
リクエストありがとうございました!!