「トリックオアトリート」

 

悪戯を思いついた子供のような微笑を浮かべた雲雀さんが目の前にいた。

 

 

 

ハロウィンの報復

 

 

今日はハロウィン。
リボーンが発端でボンゴレ内でハロウィンパーティーをすることになったので、俺は嬉々として仮装をしてボンゴレの部屋へと向かおうとしていた。
その途中、雲雀さんの屋敷への通路を通りがかった。
やっぱり参加することは無いんだろう、と少し残念に思いながら前を通り過ぎようとした時、前に人影があるのに気付く。

その後姿は間違いなく雲雀さんで、俺は少し驚いた。
雲雀さんはいつも、こういった人が集まるお祭り騒ぎには参加するどころか近寄らない。
もしかして機嫌が凄くいいのかもしれない、と思って、俺は高揚する気持ちを抑えられなかった。

 

今日はハロウィン。

自分は今狼男の仮装をしているし、雲雀さんより少なくとも十は年下だ。
まだ少年と言える年齢である自分は、このお祭りではお菓子を奪うか、悪戯をする主役。
うっかり、雲雀さんに後ろから声をかけてしまった。

そう、うっかり。

 

雲雀さんがそう簡単に常識に沿う性格をしていたなら、きっとボンゴレも苦労はしていない事に、俺は気付かなかった。

 

「雲雀さんも参加するんですか?」
「!」

 

振り向いた雲雀さんは何時もと変わらない表情をしていて、流し目で俺をちろっと見据えた。
それから俺を上から下まで眺め見て、俺と向き直る。

 

「何の格好?」
「狼男です。」

 

誇らしげに胸を張って見せると、雲雀さんは鼻でふんっと笑った。
やっぱりいつもよりも機嫌が良いらしく、雲雀さんはふっと口の端を吊り上げる。

 

「雲雀さんは仮装はしないんですね」
「…君は僕がこの馬鹿げた祭りに参加すると思ってるの?」
「えっ……参加しないんですか?」

 

僅かに低くなった声色に思わず怯えながら、恐る恐る訪ね返した。
確かに参加しないと思っていたけれど、ボンゴレの部屋へと向かう道を歩いていたのだから、てっきり参加するものだと思い込んでいた。
実際機嫌も良いようだし、と。

 

「しないよ。」
「じゃあどうして此処にいるんですか?」
「仕事の話以外に何かある?」

 

あるわけがないだろう、と言わんばかりに睨みつけられて、すみませんと小声で謝った。
雲雀さんが参加しない、と断言してくれたおかげで、少しパーティーへの楽しみが減った気がした。
来なかったら、「もしかしたら」と思うことも出来たのに、こうも本人に断定されてしまっては僅かな望みももてやしない。

 

「……と思ってたけど、君の格好を見たら少し考えが変わったよ」
「え?」

 

それはつまり、参加する、ということだろうか。
思わずぱっと顔を上げると、雲雀さんがにっこりと笑っているのが眼に入る。

いや、目は笑っていない。

嫌な予感がさっと走った時には既に遅く、雲雀さんは俺に手を差し伸べてこう言った。

 

「トリックオアトリート」

 

この微笑みは、からかう対象を見つけた時のものだと直ぐに気付いた。
十年前の自分と入れ替わった時、機嫌のいい雲雀さんはこういった微笑で俺を見るからだ。
それからやっと言葉の意味を飲み込んで、俺ははっとして服のポケットをあさる。

そして気付いた。
狼男の仮装に着替えてしまった為に、いつもポケットに入れていた飴が無いということに。

 

「…雲雀さん、お菓子、好きでしたか?」
「別に。」
「じゃあ、貰わなくても…」
「悪戯してほしいって事かい?」
「誰もそんなこと言ってません」

 

冷や汗がたらたらと背中を伝うのが分かる。
もともとお菓子を奪う側として参加するつもりだったから、最初からお菓子なんて持っているわけがない。
もしかしたら雲雀さんはソレを見越して、俺に嫌がらせをしてきたのか?
こんな嫌がらせを俺にするのはリボーンだけかと思って居たのに!

 

「お菓子は?」
「………ありません」
「じゃあ悪戯だね」

 

嬉々とした声、楽しそうな目。
何となく、敵を咬み殺している時の雲雀さんの目に似ている気がする。
俺は一体何をされるんだろうかと、恐ろしい想像で一杯になった。

 

「まさか、咬み殺したりなんてしませんよね」
「そうされたいなら、咬み殺してあげようか」
「嫌です!」
「ふーん、そう。君の意見は関係ないけど」
「いいいい、痛いのは止めて下さいお願いします。」

 

どもりながらもきっぱりと言い放つと、雲雀さんはことさらニッコリと微笑んだ。
その微笑が怖くて怖くてしょうがなくて、俺は俯いてただ震えることしかできない。

 

「おいで」
「え?あっ…ちょ」

 

雲雀さんに手を引かれて、ボンゴレの部屋とは逆の、雲雀さんの屋敷への通路へと歩みだす。
パーティー会場から遠ざかる、ということに驚いて、雲雀さんの手を引っ張った。

 

「ああ、あの、パーティーはあっちですよ?」
「そうだね」
「…もしかして、悪戯ってパーティーに参加しちゃだめ、と…?」
「そうなるね」
「そんなぁ…」

 

沢山のお菓子が、とがっくりうなだれて、ボンゴレの部屋への道を見る。
後ろ髪を引かれる思いで前に向き直って、そして、そこで初めて気が付いた。

 

「……雲雀さん、機嫌が悪くなっているようですが」
「………」
「俺、何かしました…?」

 

こわごわ訪ねてみると、ぎらっと鋭い目でにらまれてしまった。
それにすくんで悲鳴を上げると、雲雀さんは目を逸らして無言でまた歩き出す。
これは逆らわないほうがいいに違いない、と本能が訴えて、俺は何も言わずにすたすたと雲雀さんのあとを付いていった。

 

「君にとっては残念なことだけど」
「?」
「すこし、痛い思いをするかもね」
「!!!」

 

そう言って振り向いた雲雀さん。

仮装なんかしなくても、雲雀さんはそのままで狼よりも怖いんだと、俺はここで学習しました。

 

 

 

 

 

 

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ヒバランでハロウィンネタでした!
雲雀さんの悪戯の内容については想像でお願いします(笑)
バムセ2号さんからのリクエストでした!
どうもありがとうございました!