「アッシュ、ジェイドが来たからな。」

 

扉を開けて隙間から顔を出したルークを見て、わかったと小さく呟く。

それを聞いてから、ルークは扉を閉めた。

アッシュはベッドに並べていた服を取って、適当にクローゼットの中へと押し込んだ。

最後の一着を入れてクローゼットを閉めるとほぼ同時に、部屋にノックの音が響く。

 

「アッシュ、私です。」

 

二週間ぶりに聞くその声に、アッシュは僅かに目を緩ませた。

 

 

 

 

硝煙と赤

 

 

 

 

「お久し振りです。」

「…そんな久し振り、って程でもないだろう。」

 

深くソファーに座り込むアッシュの向かいには、紅い瞳がちらついていた。

アッシュのエメラルドの瞳とその目がかち合うと、不意に微笑みを向けられる。

それからわざとらしく目を逸らせば、ジェイドは面白そうにくすりと笑った。

 

「そういうわりに、随分と照れていませんか?」

「黙れ屑が……っ」

 

ぎり、と奥歯を噛み締めて睨みつけるが、頬が紅潮していては威圧感のかけらも無い。

ジェイドはなおさら面白そうに笑みを深め、それが不愉快だと言うようにアッシュは思い切り視線を外して顔を窓の外へと向けた。

 

「会いに来れなくて済みませんでした。まさかこんなに手間取るとは思わなかったんですよ。」

「こっちはこっちでやることが多かったからな。別に気にしてない。」

 

現在、数あるマフィア組織の中でも最も勢力を誇るファミリー、マルクト。

ジェイドはマルクトの幹部であり、ボスであるピオニーの右腕とも称されるほどの実力者だった。

対してアッシュは、マルクトとほぼ同じ勢力を持つキムラスカの、後継者候補の一人として名を知られている。

アッシュには双子の弟であるルークが居て、どちらが後継者としてファミリーを継ぐのかはまだ決まっていない。

しかし、何かとドジを踏むことが多いルークよりも、常に冷静でミスの無いアッシュの方が有力であると、人々の間では噂になっていた。

 

「また後継者争いの会合ですか?」

「あの野郎共…毎回毎回、よくもああ長時間罵り合えるもんだ。俺もルークもうんざりしてる」

 

アッシュが吐き捨てるように言うと、ジェイドは苦笑してコーヒーを口に含んで飲み込んだ。

 

「しまいには、よそのファミリーのクセに俺にテメェのことを紹介しろと詰め寄る女まで出る始末だ。」

「それはそれは……どうしたんですか?」

「…紹介して欲しいのか?」

 

目はしっかりとジェイドを睨みつけているが、しかしその声は僅かに低く不安を含んでいる。

その僅かな不安を感じ取り、ジェイドはふっと笑って首を振った。

 

「まさか。私はこれっぽっちもそんなこと思いませんよ。寧ろ、貴方が紹介すると約束したのではと心配しているところです。」

「嘘言え。微塵も心配しちゃいないだろうが。」

「おや。心外ですね。これでも結構ナイーブなんですよ、私は。」

 

ジェイドが向いのソファーから腰を上げ、アッシュの横へと腰を下ろす。

座るスペースを開けるように、アッシュが僅かに身をずらし、すぐ隣へ座ったジェイドへ目を向けた。

 

「……紹介するわけないだろうが。他の奴じゃ、お前に食い物にされて終るだけだ。」

「随分と酷い言い草ですねぇ……。」

「ふん」

 

本当のことだろうが、と言い捨てて、アッシュはジェイドから目を外した。

 

彼の言葉ではその心はわからない。と、ジェイドのことを知っている人間は話す。

組織の利益の為ならば何をしてもいとわない、と公言しているジェイドは、様々な人との噂が付きまとっていた。

その噂がぷつりと消えたのは、アッシュとジェイドが、マルクトとキムラスカの協定を結ぶ為に初めて顔を合わせた日からだ。

今では全くと言っていいほど、ジェイドに女性の影は見えなくなっている。

その代わりに、一つだけ新しい噂が流れていた。

 

ジェイドの唯一の愛人は、キムラスカの後継者候補のアッシュである、と。

 

「……お前、女物の香水の臭いがする。」

「取引先のボスが女性だったんですよ。ここに来る前まで、契約をしていたものですから。」

「………。」

「信用できませんか?」

「……チッ…」

 

さらりと、アッシュの艶やかな髪を指に絡めながらジェイドが訪ねる。

アッシュは舌打ちをすると、苦々しげに別に、と呟いた。

 

(そういう聞き方をされれば俺が黙ることを知ってて言ってやがる)

 

信用していないわけじゃない。が、良い気はしない。

それを嫉妬だといわれれば、そうだと答えるしかないし、それはプライドが邪魔をして言いたくない。

アッシュのその性格を知っていて、ジェイドはさらにアッシュを揺さぶるように触れてくる。

今まで誰にも翻弄されたことのなかったというのに、ジェイドを相手にするとどうにも自分のペースが乱される。

 

それが嫌では無い事が、アッシュにとって一番の変化だった。

 

「相変わらず、白い肌ですね」

「っ……!テメェ、」

 

つ、とアッシュの髪を絡めたままのジェイドの指が、露になっていた首筋をなぞる。

ぞわりと背筋に走る感覚に、アッシュは身を硬くした。

 

(……アッシュは、わかっていない。それでいて、こうも上手く私が煽られるとは)

 

艶やかで美しい紅く長い髪と、澄んだエメラルドグリーンの瞳。

意思の強い眼光と、白くすべらかな肌、年齢よりも大人びた表情。

アッシュが他の人から想われないわけがなく、誘われないはずが無い。

事実、ジェイドと出会う前のアッシュは様々な人に声を掛けられては、その度に冷たく突き放してきた。

美しい外見にその冷たい態度がより魅力を生み出していると気付くことはなく、アッシュは高嶺の花だともてはやされていた。

誰のものにもならない高嶺の花。

その噂が消えたのも、ジェイドとアッシュがであったあの日から-----

 

 

「最近はどうですか?」

「何がだ……」

「他の男に声をかけられたり、女性に誘われたりはしませんか?」

「テメェの愛人だとわかって声を掛けてくる奴なんざピオニーぐらいしか居ないだろうが」

「………あの方はまた貴方にちょっかいを……」

 

天下のマルクトのボス、ピオニー。自分の幼馴染を思い出しながら、ジェイドは盛大に溜息をついた。

 

「お前が居ない時にこっちからの取引の書類を持っていった時にな。…いい加減に止めさせろ。毎回断るのが面倒だ」

「善処します。……が、あまり期待はしないでくださいよ」

 

ジェイドにとって唯一どうにもならない存在というのがピオニーであり、一度や二度言い聞かせたところでやめないことはわかっていた。

本気でないことはわかっているが、アッシュにちょっかいをかけられるのは嫌な気分だと、ジェイドは重く溜息をついた。

 

「アッシュ」

「何……っ」

 

ふわり、とアッシュが浮遊感を感じた次の瞬間、視界は天井とジェイドだけを移していた。

押し倒された、と理解するのにそう時間はかからず、アッシュは眉根を寄せてジェイドを睨む。

 

「……いきなり、何だ」

「何だ、もないでしょう。無粋ですねぇ。」

「ピオニーに嫉妬でもしたのか?」

「………本当に、貴方という人は……。」

 

さらりと図星を突いてくる恋人を見て苦笑を零し、ソファーに散らばったアッシュの髪を一房指に絡めて口元へ当てる。

アッシュの頬が僅かに紅潮したのを見逃さずに、ジェイドは目を細めた。

 

「その通りですよ。」

 

低く、かすれた声で呟く。

その声にぞくりと肌があわ立ち、アッシュはジェイドが指に絡めたままの自分の髪を引き寄せて、ソファーにさらりと垂れ流した。

 

「まどろっこしいことしてんじゃねぇよ」

「随分と積極的な言い回しですね。」

「五月蝿い」

 

二週間。

互いに頻繁に電話をするような性格ではないために、声すらも聞く事ができなかった。

そして、互いに素直な性格ではないからこそ、言えない言葉がある。

その言葉の変わりに、アッシュはジェイドの眼鏡を外して放り投げた。

 

「壊れたらどうするんですか…」

「いくらでも弁償してやる。それより、何か言うことは無いのか?」

「……愛していますよ、アッシュ。」

 

いとおしげに囁かれた言葉に、アッシュは眉根を寄せて目を細めた。

紅潮した頬を見て、それが照れ隠しであることを知り、ジェイドは愛しさに自然と笑みがこみ上げた。

 

会いたかった、という言葉を飲み込んで、ジェイドはアッシュへと口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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莉音さんのリクエスト、マフィアパラレルのジェイアシュでした!
べた甘になった気がしてなりません(笑)
普段こういうジェイアシュは書かないので、とても刺激になりました。

リクエスト、ありがとうございました!!