宿に向かう為に足を進めると、一人だけただこちらを見て居るだけのヤツが居た。
振り向くと珍しく、ジェイドが何もせずに呆けている。
「何してる。行くぞジェイド」
俺の声に反応してジェイドが顔を上げた。
光がメガネのレンズに反射して、表情を窺うことが出来ない。
少しそれを残念に思いながらも、話をする機会は今日はいくらでもあるのだからと自分に言い聞かせて前を向く。宿に着くまで、俺はジェイドの方を一度も見る事が無かった。
「今日の夕飯って何にすんだよ。」
「カレーでいいんじゃないか?無難にさ。」
「そういやアッシュって、何か食えないものとかってあるのか?」
今日の夕食の当番らしいルークが俺を振り返った。
カレーに入れるようなものなら、特に食べられないものも無い。
そう答えると、ルークは何故か張り切って料理の準備に取り掛かった。
「ルーク、最近カレーを作るのは上達したもんなぁ。」
「だからあんなに張り切っているのか。」
「多分な。アッシュがいるから余計緊張してるんじゃないか?」
「ふん。」
何かまずいものを入れようとしたらとめるよ、などと言って、ガイはルークの後について行った。
それを見送ってから、割り振られた部屋へと足を向ける。ドアを開けて、中に入る。
既にジェイドが中に居て、軍服を脱いで部屋着になっていた。
「今日はどういう風の吹き回しですか?私たちと行動をともにしようとするなんて。」
「…言っただろうが。足が無い。行き先が同じだったから便乗させてもらおうとしただけだ。」
「それならば、私たちを急かすのがいつもだと思ったんですがね。」
俺の僅かな心境の変化も見逃さない、と言わんばかりに、ジェイドが眼鏡を押し上げる。
レンズの奥の赤い瞳が俺を捕らえたその一瞬、ぞくりと身体に震えが走った。
(もしかしたら、もう気付かれているのかもしれない)
ぎゅっと拳を握って、眼を逸らさないようにジェイドの目をにらみつけた。
それをどう思ったのか、ジェイドは溜息を一つついて、ベッドへと腰を下ろす。
「ナタリアでしたら、隣の部屋ですよ。」
「は?」
「おや。てっきり彼女と話をしたかったのかと思ったんですが」
ジェイドの言った言葉に呆気に取られて、今何を言われたのかを理解するのに時間がかかった。
その間にもジェイドは言葉を重ねてくる。
「いやぁ、それにしても若さとはいいですねぇ。正に青い春ですか?」
「何を訳のわからないことを……」
「胸をときめかせるような恋が出来るのは今のうちですからね。後悔しないようにしたほうがいいですよ?
私ほどの年になってしまうと、恋をしても純粋な気持ちではいられませんから。」
何を勘違いしているのかと思った。
俺とナタリアの仲を誤解しているのならば解かなくてはいけない。
そう思って口を挟むが、それを遮るようにさらにジェイドが言葉を紡ぐ。しかも、まるで俺を突き放そうとするかのような言い方で。
「……テメェ」
「…なんですか?」
にっこり と、胡散臭い笑顔で微笑むその顔を見て確信した。
怒りで頭に血が上り、握り締めていた拳にはさらに力が入って手袋が軋む音がした。
「テメェ、気付いてたな」
俺が、何の為に今日ルークたちと行動を共にするなどと言ったのか
俺の今日の違和感の理由も、何もかも。
「気付いていて、知らないふりを……っ」
「……何のことですか?」
「とぼけるんじゃねぇ!」
何時からだ。
ジェイドが気付いたのは、いつだ
…いつからかは分からないが、少なくとも今日とか今とかそんな短い間じゃない
気付いてから、今まで、ずっと
「俺に…俺がお前のことを好」
「何のことかさっぱりわかりませんよ。考えすぎではないですか?」
冷たいジェイドの声に眼を見開く。
嘘だ。わからないなんてことも、しらないなんてことも、全部嘘だ
「………ッ……テメェ!!」
「…!」
胸元の服を掴んで、そのまま拳でジェイドの胸を殴りつけた。
その衝撃でジェイドがベッドに倒れこんでも、掴んだ服を離さずにジェイドに覆いかぶさった。
俺の赤い髪がジェイドの顔とシーツに落ちる。そのまま殴られると思ったのか、ジェイドは眉根を寄せて眼を閉じた。
「…………殴らないんですか?」
「………ふざけんじゃねぇ」
予想に反して何もしない俺を、ジェイドのあやしんだ眼が映す。
俺はその目を見る事が出来ずに、眼を伏せたままで呟いた。
「…言ったからどうなるとか、そんなことを期待してたんじゃねぇ。」
けじめをつけたかった
この、気持ちに
「好きだ」
「好きなんだよ」
「気付いたんだ」
やっと
「……お前に俺のことを好きになってほしいとか、返事がほしいとか、そういうことは望まねぇよ。でもな」
ぎり、と、強く服を握りすぎて軋んだ音がする。
指の先がしびれるほど強く握りすぎて、ジェイドの服には皺が出来ていた。
「知らないふりだけはすんじゃねぇよ。聞かなかったことにすんじゃねぇよ…!」
ジェイドの胸をどん、と強く押す。
「俺から……ッ…俺の気持ちから逃げるんじゃねぇ!!」
ジェイドの服から手を離す。
ベッドから離れて、衝動のままに部屋を出て走った。はらはらと、上から白い何かが降って来たことに気付いて顔を上げる。
そういえば、ここはあいつの生まれた街だった
*
ベッドから身体を起こし、皺のついた自分の服を見下ろした。
皺を伸ばすように胸を撫でる。
そういえば、此処を強く押されたのだったと他人事のように思った。
(随分と、強い人だ)
普通の人ならば、あんな態度を取られれば直ぐにでも泣いて部屋を飛び出すだろう。
まさか掴みかかってくるとは思いもしなかった。
言いたいことも言えずに、ただ泣くのではないかと恐れたが、それも杞憂だった。
全てを伝える最期まで、彼は涙一つ見せなかった。
(……ああ、)
(痛い)
何もできなかった。
掴みかかられて、のしかかり辛そうに言葉を紡ぐ彼の目を見る以外、何もできなかった。瞬きすらも惜しいと思うほど
私は彼の強さに見惚れていた
(……そういえば、彼は何処に?)
ベッドから腰を上げて、部屋を出て辺りを見渡す。
駆けていく音だけが聞こえていたことを思うと、他の部屋には入っていないのだろう。
一度部屋に戻り服を着込んでから、ゆっくりと宿を出た。
(もっと急いで追わなくてはいけないのだろうか)
そうは思っても足はあくまでゆっくりと、ここに地面が有る事を確かめつつ歩いているかのように進んでいく。
薄っすらと積もった雪に残る一人分の足跡を追う。
街の外ではなく中へと足跡が続いていることに、ほっと息を吐いた。少し進むと、公園の中心に赤い色を見つけた。
赤と 黒と 白
「アッシュ」
一瞬、泣いているのかと思った。
振り向いた彼を見て、それはいらない心配だったと安心する。
眉根を寄せ、私を睨みつけてくるその顔は、何時もの彼のものだった。
「好きですよ」
いつもどおりの表情を浮かべた彼を見た瞬間、罪悪感も背徳感も何もかもが吹き飛んだ。
さらりと、本当に自然に口からついて出た言葉に、私自身が驚いて眼を見開く。
「……なんでテメェが驚いたような表情してやがる」
「まさか、一番最初にこの言葉がでるとは思わなかったものですから」
さくり、と雪を踏んで近寄った。
アッシュは逃げずに立ちすくんでいる。
「アッシュ」
名前を呼ぶと、ぴくりと指先が動いた。
手を伸ばせば届く位置で足を止めて、手を差し出す。
「…もう、逃げないのか」
「逃げてもどうしようもないことがわかりましたから」
下げられたままのアッシュの手を掴んで引き寄せる。
よろめいて一歩近づいたアッシュの頭を、反対側の手で優しく撫でる。
「まさか、貴方のような子供に教えられるとは思いませんでした。」
好きになってはいけないのだと自分に言い聞かせていたのに、彼の一言でそれが全て無駄になった。
傷つけるかもしれないけれど、それでも好きなのだと。
気付いてしまったのだから、もうどうしようもないだろう。
(腕の中の暖かく強い子供を、どうにか護ってあげたいのだと 強く想った)
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ててとさんのリクエスト、余裕に見えて恋から逃げてるだけのジェイドと、愛を自覚しているからこそ逃げるアッシュでした!
やっと終りまで持ってくることが出来ました(笑)
長編はあまり書かないので、今回いい経験になりましt(ryリクエスト、ありがとうございました!!!