はたして、捕まえてもいいものだろうかと考える。
「何じろじろ見てやがる」
苛立ちを隠さずに眉根を寄せるアッシュを目の前に、視線を遮るように眼鏡を上げた。
いえ、なんでも。と呟きながら笑顔を作る。数日振りに再会したアッシュは、相変わらず機嫌が悪そうに見えた。
吊り上げた目尻にしわの寄った眉間すら相変わらずで、ナタリアがどうにかして機嫌をとろうとしているのが現状。しかしいつもと違うのは、珍しくアッシュが行動を共にしていることだった。
「何時もは直ぐに行こうとするのに、珍しいですね」
「今日は特に急ぎの用事が無いだけだ。」
心なしか、こちらの返答にもトゲが無いように思える。
以前ならば、ここに黙れか五月蝿いが入ったはずだ。この変化に気付いているのかいないのか、ルークは相変わらずどうにかアッシュと意思の疎通を図ろうとしている。
深く考える事の無いルークが少しだけ羨ましく思えて
「俺らはこれから町をでて、野宿しようって思ってたんだけど」
「何処に行くんだ」
「ベルケンド。アッシュは?」
「……同じだ」
「え、じゃあ一緒に……って、やっぱ嫌だよな」
また違和感を感じて、僅かに目を細める。
いつもと様子が違うことに気付いたのは私だけではないようで、アニスが僅かに首をかしげた。
「あれれ?なんかアッシュ、柔らかくなってませんか?大佐ぁ」
「そうですね。」
「いつもなら、行き先が一緒でも、言う必要なんかねぇ!って一蹴してたのにー。」
声真似を交えながらのアニスの発言に頷いて、また眼鏡を押し上げた。
「何かあったんですかねぇ。何時もと様子が違うようです。」
「ほんと、珍しいこともあるんですねー。あっ、もしかして、今更ナタリアとよりを戻そうと思っちゃってたりして…!」
きゃー、なんて何時ものようにはしゃぎだしたアニスに苦笑を見せながら、頭の中では違うことを考える。
アッシュの様子が何時もと違うことも気になるが、それ以上に気に入らないことが一つある。何故か苛立ちが募る。
「え…一緒に行ってくれるのか?」
「今はギンジの奴には別の頼みごともしてるしな。足が無い。お前等に便乗させてもらう。」
「……わ、わかった。じゃ、俺、みんなに話してくるな」
あからさまに嬉しそうな表情を隠さないまま、ルークがこちらへとかけてくる。
アッシュは足を止めてこちらを振り返ったものの、表情は何時もと変わらず不機嫌そうだ。外見の変化は無いのに、明らかに違和感が募っていく。
まさか、足が無いという理由だけでこちらと合流を図ったわけではないだろう。
そもそもルークをあれほど毛嫌いしていたのに、一体何が起きたというのだろうか。
それとも、自分が何時もの彼を誤解していたのだろうか。
本当はこうやって、仲間に入りたかったのかもしれない。
そうなると、彼もやはり歳相応の青年なのか。
(……どうにも、無理やり納得したいのか私は。)
そう思って、また眼鏡を上げようとした時だった。
アッシュの碧の瞳と視線がかちあう。
まるでいつだかのようだと不意に思うと、何故かアッシュの眉間にしわが寄った。
「随分と不機嫌そうですねぇ、アッシュ。そんなに眉間に皺を寄せていると、そのうち取れなくなりますよ?」
「五月蝿い」
やはり、今までの違和感は気のせいだったのかもしれない。
何時もの調子で茶化せば、何時もの返答が帰ってくる。
それに少し安心する自分を感じながら、さらに言葉を紡ぎだした。
「しかし、私たちと行動を共にしたいと言い出すなんて驚きですね。貴方は私たちを随分と嫌っていたように思いますが。」
「いちいち話しかけられるのがウザッたいだけだ。誰もそんなこと言ってねぇ」
前言撤回。
何時もの彼と、少し違う。
「ジェイド、あのさ」
「なんですか?ルーク」
「思ったんだけど、アッシュも一緒なら宿の方がいいよな。」
「どちらでもいいんじゃないですか?まあ、アッシュもただのお坊ちゃんじゃありませんし、野宿でも支障はないと思いますが。」
「アルビオールで行くんだし、一日ぐらいゆっくりしてもいいよなー…って、ティアが。」
ちらっとティアの方を見ると、何かを意味深に目配せしてくる。
どうやらアッシュの機嫌がいい今を狙って、アッシュとルークを和解させようとしているようだ。
「……しょうがありませんねぇ。今日はルークのわがままを聞くとしましょうか。」
「お、俺のわがままじゃねぇよ!ティアが…」
「アッシュもそれでいいですか?」
断るだろうと思っていた。
そんなに長くお前等といるつもりは無い、などと吐き捨てて、それなら一人で先に行く、と言うだろうと思って居た。
返ってきた答えは、全く違うもの
「好きにしろ。」
一瞬驚いて目を見開いた。
それを隠すように眼鏡を上げて、わかりました、と何時もの声色で呟いてみせる。
ルークが安心したように息を吐いて胸を撫で下ろすのを見て、羨ましく思った。こうも全身で喜怒哀楽を表現できるような人間に、自分はなれそうにもない。
今までそんな時期など無かったし、この年になってから自分を変えるのはほぼ不可能だろう。
それでも、嬉しいときは嬉しいのだと素直に言えるようなルークが純粋に羨ましい。
(そんなことができないからこその私なんですが、ね)
「部屋割りなんだけど、ナタリアたちは三人で一部屋だとして…アッシュ、誰と部屋一緒にする?俺?ガイ?」
「それとも私にしますか?今夜は寝かせませんよー?」
「やぁだ大佐ったら、変態!」
「…アニスには言われたくないですね。冗談ですよ、冗談」
自分をごまかすようにふざけて見せれば、何時ものようにアニスがふざけて突っ込みを入れる。
そのやり取りで平常心を取り戻したと思ったのに、どうやらこの子供は今日は徹底的に揺さぶりをかけてくるつもりらしい。
「ジェイドでいい。お前らと一緒だと色々と面倒そうだからな」
「俺何もしねーっつーの!」
「いちいち話しかけてくるだろうが。」
「俺はなんで除外されたんだ…?」
「お前と二人だとルークの話しかしなさそうだしな。」
この子供は一体何がしたいのか
「何してる。行くぞジェイド」
宿に向かって歩き始める中、足を止めているとアッシュが名前を呼んだ。
それに心臓が跳ねることを自覚しても表には出さないように意識する。
私が顔を上げたのを見て、彼が前を向いて歩き出した。
紅の髪が軌跡を描く
その歩く姿は気高くも美しく、まるで貴族のようだ
(まるでもなにも、彼は貴族だ)
ルークと同じはずの体と声が、全くの別人に見えるし聞こえてしまう
声のトーンだとかそういうことも関係なく、耳が彼の声を拾ってしまう
(私は知ってる)
この感情は、
ついに、私は自覚してしまった
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次でラストです