ティアがルークへ送る視線が変わった事に気付いたのは、買い物を終えて宿に戻ってきた時だった。
「ルーク、料理を教えてと言ったのは貴方よ?」
「そうだけど、もっと分かりやすく……」
「ほら、目を離さない!カレーが焦げるでしょう?」
どうやらカレーを作っているらしいルークの後ろについて、ティアが色々と指示を出している。
ルークはブツブツ言いながらも、一生懸命料理に取り組んでいるようだった。
(最初の頃のルークからは想像できませんね)
髪が長かった頃のルークを思い出して、小さく笑う。
その声に気付いたらしく、ティアがこちらを振り向いた。
「大佐、戻ってたんですか。」
「つい先ほど。頼まれていたものを買ってきましたよ。」
テーブルの上に調味料を置いて、これから使うと思われるものをティアの方へ寄せた。
それに手を伸ばして、一つ一つ調味料を確認しているティアの後ろで、ルークは慎重に鍋をかき混ぜている。
「ルークの料理の出来はどうですか?」
「まぁ、食べられないほどではないかと……。この後失敗しなければ、ですが。」
ティアがルークに視線を流し、溜息を付く。
その動作とは裏腹に、ティアの目は優しく細められていた。
(おやおや…若いですねぇ。)
ティアの視線に込められている感情を読み取るのは簡単だった。
普段表情のあまり変わる事の無いティアが、こんなにも優しい笑みを浮かべている。
それは特別な人に見せるそれであろうと、直ぐに気付いた。
「では、私は部屋に戻ってますから。くれぐれも失敗した料理は食べさせないでくださいね?ルーク。」
「わかってるっつーの!」
こちらを見る暇も惜しいのか、鍋を見たまま返事を寄越す。
ルークの背中に笑いかけてから、調理場を後にした。
(そういえば、ルークもティアを目で追っていたような)
戦闘などでティアが怪我をしたことに最初に気付くのはルークだ。
つまり、それだけ気にかけているんだろう。
ルークを支える最初の一人になったのはティアだし、ルークが好きになるのも可笑しくない。
ふと、ルークがティアを見るときに見せる柔らかい表情を思い出した。
(……同じ顔の彼も、あんな表情で誰かを見るんでしょうか)
その誰か、とは明白だった。
彼の幼馴染であり、本来の婚約者であるはずのナタリアへ見せる表情は、ルークがティアに見せるそれと酷似していたのだ。
「……?」
急に心臓が圧迫されたような感覚を覚え、胸を抑える。
血管を流れる血の量が多くなったような錯覚を覚えて目が眩んだ。可笑しい。
この感覚は一体何なのかわからない。
否、わからないふりをしている。
「……先程自分を納得させたばかりだというのに」
何を地雷を自ら踏みに行く様な真似をしているのかと、自分を恨んだ。