カツン カツン カツン カツン

   コツ コツ コツ コツ コツ

 

 

いくらか自分の足音よりも早く、そして数の多い足音が後ろから響く。
僕よりも多く歩いているというのに、いつまで経っても隣へ並ばないランボを思って、溜息を付いた。

 

「もう直ぐ向こうのファミリーの縄張りですね。」
「怖いの?」

 

僅かに震えた声は、如実に怯えていることを伝えている。
指摘すると、慌てた声が返ってきた。

 

「そっ、そんなことないです。大丈夫です。」
「そう。」

 

ただ相槌だけを打って、振り向かずに歩き続けた。
後ろで僅かに気後れした気配がするが、声をかけることはしない。
しないというより、できない。

こういった時の気の使い方は、僕には備わっていない。

 

「でも、徒歩で来たおかげか、俺達がボンゴレの者だって気付かれて無いみたいですね。」

 

顰めた声で呟かれた言葉に、初めて振り向いてランボを見た。
目が合ったことに驚いたのか怯えたのか、ランボはぱっと僕から視線を外す。
それに眉根を顰めて不機嫌を露にしたが、彼には見えていないのだからあまり意味は無い事だ。

 

「あそこにいるごろつきとか、多分あっちのファミリーの人ですよね」
「そうだろうね。」
「でもこっちを見てないみたいですし……車で来てたらどうなってたんでしょうね」
「あのごろつきに急停止させられて、車を引き摺り下ろされて有り金全部持っていかれただろうね。」
「え…!?雲雀さんが!?」
「……君は僕があんなやつらにされるがままになってると思うの?」
「……思わないです。」

 

小さくなった声の後、彼は何も言わなくなった。
彼はいたたまれない様子で、しきりに視線を彷徨わせている。
口にしたことを後悔するくらいなら、言わなければいいのに。

 

(後悔させてるのは僕か)

 

再び前を向いて歩き出す。
彼は僕が歩き出したことに気付かないんじゃないかと思ったけれど、後ろから控えめな足音が聞こえて少し安心した。

 

その時、一瞬だけ殺気を感じて足を止める。

 

「……?雲雀さん?どうしたんですか?」

 

ランボはどうやら気付かなかったようで、突然足を止めた僕を不思議に思ったらしい。
その声に返事はしないで殺気の元を探るけれど、随分と隠すのが上手いらしく妙な気配は感じ取れない。

 

(敵アジトで僕の顔を知って居るのは幹部だけだと綱吉は言っていた。)

 

つまり、先ほどの殺気の主は敵の幹部だということだ。
ボンゴレの守護者が縄張りに入ったことを今頃伝達しているだろう。

これで僕とランボが隠れて行動するのは非常に難しくなった。

元々こそこそとするような真似はする気はなかったし、変装すらしていないのだからバレるのは当たり前だろう。
僕は特にそこに問題を感じてはない。
バレたとしても、群がる敵を蹴散らせばいいだけだ。

しかし今はランボがいる。
彼は確実に僕の動きにはついてこれないだろう。
経験も知恵も浅すぎるし、何より彼と僕の戦い方は質が違う。

 

「…もしかして、敵ですか?」

 

僕の表情から察したのか、ランボは子供なりに気を引き締めた表情を見せた。
やけに大人びたその表情は覚悟を映し出していて、彼もボンゴレの守護者であることを思い知る。

 

(それでも、まだまだ甘い)

 

ランボの腕を掴んで勢い良く引き寄せ、そのまま僕の後ろへと放り投げた。
投げられた本人は何が起こったのかわからなかったらしく、上手く受身を取ることが出来ずにそのまま地面へとダイブする。
その直後、先ほどまでランボが居たところに銃弾がめり込んだ。
やはり敵には気付かれたらしい。
このまま見晴らしのいい道を歩くのはまずいと判断し、転んだままの彼の腕を掴んで無理やり起こす。

 

「あ、わっ!?」
「……君、いくらなんでも鈍くさいんじゃないの……?」
「っ……す、すみません……」

 

立ち上がった彼の姿を見て急激に気分が下降する。
膝と肘を酷くすりむいている上に、頬にまで僅かな擦り傷があった。
いくら急なこととはいえ、敵がいるかもしれないと自分で想定していた以上もう少しマシな反応を期待したのに。
そんな僕の心を悟ったのか、彼は悔しそうに俯いて下唇を噛み締めた。

その表情に一瞬にして怒りが頂点に達し、僕は彼の腕を強く握り締めた。

 

「いっ……!…ひ、ばりさん…?」
「……走って。狙撃されるよ。」
「え……っわ!」

 

彼の腕が軋んだのを感じて我に返り腕を離し、彼に背を向けて走り出す。
驚いたような声の直後、銃声とランボの驚いた声が聞こえた。
銃弾がレンガの道にめり込んだ音が聞こえたので、ランボには当たっていないだろう。
それでようやく状況に気付いたランボは僕の後を追って走り出し、共に路地へと駆け込んだ。

 

(……僕は何をしているんだ)

 

今思えば、彼が怪我をしたのは、僕のせいだろう。

彼を狙う銃弾から彼を助けるだけならばもう少し力を加減して引いても良かったはずだ。

彼を立たせる時も必要以上に力を込めたような気がする。

何より怒りを彼にぶつけるように腕を握り締めたのは明らかに可笑しい行動だ。

 

(これで彼に優しくしたいなんて、…馬鹿じゃないの)

 

優しく、助けるなんて行為を僕は今までしたことが無い。

だから、といえば言い訳にしかならないが、どの程度の力でやればいいのかわからない。

 

 

僕の手は傷つけることしか知らない。できない。

 

 

「……………雲雀さん……?」
「…………」

 

後ろで僕を心配そうに見詰めるランボの視線に、僕は終に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

この手が君を傷つける