「あぁもう嫌だ!」
「駄々こねてないでさっさとやれ」
「駄々なんてこねてないよ!来る日も来る日も仕事仕事仕事仕事!!一日の10分の9を仕事して過ごしてたら、誰だって嫌になるに決まってる!」
「お前の仕事が遅いからだろ。さっさとやれ」
「はいはいわかったよ、わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば!」とは言ったものの机の上に詰まれた書類の束を見るとうんざりする。
あぁ昔はよかったなんて思いながら、全くと言っていいほど理解が出来ていない言語が並べ立てられた書類にやはり良くわからない言語で自分の名前をサインする。
イタリア語なんか昔からあれだけ勉強した英語ですら出来ない自分が理解できるはずはないのに、とぶつぶつと文句を言いながらも、手だけは必死に動かした。
あのころには出来ることのなかったペンダコが綱吉の指を少々歪なものへ変えていた。
昔は昔でタコの変わりに生傷の絶えない毎日だったのだけれど書類に埋もれた今よりは遥かにマシだと思える程度には成長した。「リボーン、これってどういう意味の書類?」
「お前こんなのも読めねぇのか」
「悪かったね全然わからないよ」どうやら武器の領収書らしい。
こんなもの買ったって今更ここに攻めて来るようなところは無いだろう
自分が就任したときに攻めて来た奴らは簡単に返り討ちにあってしまったし、ヴァリアーがいる以上そう簡単に攻められるわけも無いのに。「ツナ」
「何?リボーン」
「…アイツを連れてきてたら、もっと楽に出来たんじゃねぇのか」サインしようとした手がぴたりと止まる。
「…今更、だよ。リボーン。」
「雲雀の奴なら、この程度の書類なんかさっと片付けられただろ。」
「そうだね、雲雀さんなら簡単かも」
「それに、ボンゴレの戦闘部隊の質ももっと上がったはずだ」
「そうだね、雲雀さんは強いから」
「何でつれてこなかった」リボーンがこっちを見ているのに目を合わせることが出来ずにどうしようかと息を呑んだ。
『君が僕から離れていくなら、僕が君を殺してあげる。嬉しいでしょ?綱吉』
「だって、俺のせいであの人の人生を滅茶苦茶になんて出来ないよ」
「言えば、あいつなら二つ返事でついてきただろ」
「だから言わなかったんだろ」
「お前だって、ついてきて欲しかったんじゃねぇのか」
「俺の我侭であの人まで巻き込みたくないから」記憶の中に残る最後に見たあの人の顔と言葉を思い出す。
あぁとても会いたい貴方に会いたいよ雲雀さん
俺を俺としていつまでもそのまんまで扱ってくれた人目を閉じて気持ちを落ち着かせる。
領収書にサインをした時、ドアが遠慮がちにノックされた「いいよ。入って。」
「失礼します。あの、リボーンさん…少し、いいですか」入ってきたのは綱吉より若い最近入った部下だった。
焦りを押し殺したような声で、リボーンを呼び、連れて行った。
何かあったのだろうか、といぶかしみつつ、鬼が見ていないのをいいことに、机の中から一枚の手紙を取り出した。
あの人に当てたものだけれど結局出す暇なんてないし出す資格なんてないからずっと机の中にしまっていたものだ。
その手紙の差出人のところに、覚えたてのイタリア語で書く。『Non significa nulla』
何の価値も無い
「オイ、ツナ」
「うわっ!?」
「…サボってやがったな」
「べ、別にサボってなんかないよ!で、どうしたの?」リボーンから感じる緊迫した雰囲気に少し緊張しつつ、慌てて机の引き出しに手紙を押し込んだ。
先程の続きを促すと、手紙のことはもう忘れたように、低く押し殺した声が聞こえた。「侵入者だ」
「え…此処に?まさか」
「確かな情報だ。侵入者、っつーより、正面突破してきてるところを見ると、目当てはお前かもしれねぇ」
「なんで?俺を狙ってるなら、ここに直接忍び込めばいいことだろ?」
「だからお前は馬鹿だっつーんだ。それが本当の目的で、正面突破してるのがおとりかも知れねぇだろ。」
「あ、そうか」陽動作戦だと前に言われたことがあった気がする。
すっかり失念していた。ということが顔に出ていたらしく、教育係であるリボーンの顔はより険しくなった。「今のお前にゃ万が一ってことも無いだろうが、一応注意しとけ」
「わかった。リボーンは?」
「俺は正面の奴を潰してくる」
「きをつけてね」振り返らずに片手を上げただけで答え、リボーンは部屋から出て行った。
背を伸ばすと椅子の背もたれがギシリと鳴り、綱吉は息を吐いた。綱吉の頭の中には、自分が死ぬということは一切無かった。
リボーンがいるし、獄寺と了平以外は出払っているものの、二人がいるだけで心強い。
うぬぼれてるわけではないが、自分もそれなりに強くなったつもりだ。
勝てないまでも、死なずに逃げることは出来るだろう、と考えていた。廊下が騒がしく、人の声がする。
まさか、此処まで侵入してきたのか!?
綱吉は机の引き出しを開け、長年武器として親しんでいたグローブを取り出し、はめた。
リボーンはどうしたというのか。まさかやられた?いや、そんなはずは無い。きっとリボーンをどうにかしてかわしたのだろう。獄寺くんと、了平さんは?綱吉の疑問に答えるように、廊下で獄寺と了平の声がした。
しかし、次の瞬間聞こえたのは鈍い音と、獄寺のうめき声。
そして了平の声も、聞こえなくなった。
ゆっくりと、ドアノブが回る。
綱吉は椅子から立ち上がり、ドアを睨んだ。
リボーンも、獄寺も、了平もやられた。
殺されては居ないのだろう、廊下からは獄寺の声がするし、了平の声もする。
リボーンは分からないが、いずれにせよ間に合わなかった。
そうして、ドアをあけて現れた侵入者と対面した。
「やぁ、綱吉。約束とおり、殺しに来たよ」
綱吉は、反応できなかった。
正しくは侵入者であり敵であるはずのその男に、攻撃をすることが出来なかった。
目を見開き、ただ呆然と侵入者を見つめていた。「ひ…ばり…さ」
侵入者の名を呼ぶと、その男は昔と変わらない表情で微笑み、そして
「さよなら、綱吉」
別れの言葉を口にしたのを確認した直後、何か冷たいものが首に当たった感覚がして、意識が奪われる。
あぁこれはいつも彼が使っ ていたあの愛 用の ぶ き
「こんな手紙書いたって、出さなければ意味がないのに」
雲雀は無駄に書類の詰まれた部屋の机の上に座りながら、自分へと向けられた手紙を読んでいた。
内容は日本語で書かれているのに、差出人の名前のところにはどうやらイタリア語と思われる言葉が書かれていた。
しかしイタリア語がわからない雲雀はその言葉の意味を知ることが出来なかった。
呟いた言葉に返答する人は誰も居なかった。「本当に、昔と変わらず変な処を間違えるんだから」
はら、と、その手紙から手を離し下に落とすと、その手紙を踏まないように机から下り、その部屋の中を見回した。
成人用としては少々小さめな机、小さな彼には不釣合いな大きなベッド、無駄に装飾の施されたドア。
昔見ていた彼には全く似合わない部屋だった。
実質、数年ぶりに再会した彼は、本当に変わっておらず、一瞬雲雀自身自分の目を疑ったほどだ。
細い体に怯えた表情、それらとは明らかに異質の強さを放つ瞳。「…さて、どうしようか」
目的を果たした今此処に居る必要はないのだが外はあいにくと土砂降りの雨だ。
雲雀は仕方なく一晩此処に止まることを決め、何か食べるものを探しに部屋の外へと出て行った。
部屋には死んでは居ないもののぐったりとして完全に意識を失ったままの綱吉と落とされた手紙だけが残された。
そうして目を覚ました後に焦がれた人との再会を喜び涙し傍に居て欲しいと彼の人に縋りつき懇願するのはあと数時間後のお話
彼の人からの言葉は一言
君って馬鹿でしょ だった
(最初からそう言っていれば殺さなかったけど君の部下が此処まで壊滅状態になることも君が痛い想いをすることもなかったのに ね)