見て、しまった。

イタリアの石造りの道を、歩く雲雀さん

 

その隣には、女の人

 

 

 

Adocchiare

 

 

 

何、あれ。何あれ、何あれ!!
全力で来た道を引き返しながら、さっき目に焼きついた光景を消そうと躍起になった。

 

雲雀さんを見つけたことに浮かれて、話しかけようと近寄ったのがいけなかった。
その隣に駆け寄る一人の女の人。
綺麗な人が、雲雀さんの横へと並んで話しかけた。
その人を見る雲雀さんの目が、心なしか嬉しそうで。

俺も知らないあの女の人は誰なんだろう、とか。
どんな関係の人なの、とか、どうして一緒にいるの、とか。
どうして嬉しそうなの?とか聞きたいことはたくさんあった。
でも、気が付いたらこうして逃げるように走り出していて、さっきの光景を忘れようとしている。

 

雲雀さんは綺麗な人だし、女の人にもモテるんだろうなぁとは思っていた。
俺だって、時々子猫ちゃんたちと遊んでいるんだから、別に雲雀さんが女の人と一緒に居ても構わないじゃないか。
でも雲雀さんは女の人を傍に置いたことは無かったし、今まで一度も傍にいるのを見たことがなかった。

 

 

雲雀さんはいつも、俺と二人でいてくれたから

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

息が切れて、これ以上走れない。
ゆっくりと速度を落して、立ち止まる。
雲雀さんの隣に居るのは自分だって、いつも思ってた。
そう思って、うぬぼれてたんだ。

雲雀さんの隣にいるのは俺じゃない

 

「ランボ」
「!」

 

かけられた声に振り向くと、そこには俺が逃げてきたはずの人が立っていた。

 

「ひ、ばりさ…どうして」
「それはこっちの台詞なんだけど。」

 

人を見るなり走り出すなんて、失礼もいいところだね。と言われて、最初から見つかっていたことが分かった。
恥ずかしいのと申し訳ない気持ちで一杯で、雲雀さんを見ることが出来ない。

 

「どうして僕の目を見ないの」

 

この人は、酷い人だ。
どうしてこういう時に限ってこんなことをいうの。
俺を追い詰めて、逃げ道をなくして楽しんでる。

 

「あの…さっき、女の人が……」
「…それがどうかした?」

 

何がいけないのかわからない、というような表情で、雲雀さんが俺を見ていた。
その表情を見ていて、俺の頭にかぁっと血が上るのがわかる。

 

この人、何でわからないの

 

「あの人と、一緒に買い物していたんでしょう?俺がそこに行ったら邪魔しちゃうじゃないですか」
「別に。…君、何か勘違いしてるみたいだけど」
「勘違いって何ですか。雲雀さんの傍にいるのは俺だけって思ってたことがですか」

 

ふつふつと怒りがこみ上げてきて、感情が高ぶっているのが分かる。
頭の片隅では落ち着かなきゃ、と思うのに、理性が働いてくれなくて。
こんなこと言っちゃ駄目だって分かっているのに止まらない。

 

「雲雀さんにとっては遊びでも、俺にとっては本気なんです。雲雀さんは、いつもそうだ。俺の事なんか考えてないんでしょ。ただの玩具ぐらいにしか、考えてないんだ!それなのに、ちゃんと目を見ろなんて、そんなの」

 

酷すぎる。と噛み付くように言って睨みつけると、雲雀さんはいつもと変わらない表情で俺を見ていた。
ほら、俺が怒ったって傷ついたって、雲雀さんはどうでもいいんだ。
俺の事なんか気にしてないんだ。
絶対、雲雀さんは俺の事を好きなんかじゃ、無い。

雲雀さんの顔がにじむ。
ぼろ、と涙がこぼれてきて、嗚咽が漏れ始めた。
押さえられなくて、流れる涙を袖でぬぐう。
小さく雲雀さんが溜息をついたのが聞こえた。

 

「言ってくれるじゃないか。ずっとそう思ってたのかい?」
「っ……う……」
「君には本当に呆れるよ。馬鹿だね。それを言うなら、君だって僕に何も言わないくせに。」

 

ぐ、と雲雀さんの指が強く俺の目をこする。
涙が拭い去られて鮮明になった視界に移ったのは、雲雀さんの目。
その目には確かな怒りがともっていて、俺は身を硬くした。

がしっと腕をつかまれて、引っ張られる。
俺は逆らうことが出来なくて、引かれるままに歩き出した。
雲雀さんは前を向いてしまって表情はわからないけれど、怒っているということは感じる。

 

「君は僕があの女と居たことで僕を責めたけれど、君だって女の子たちと遊ぶじゃないか」
「…………」
「そのたびに僕がどんな思いをしてるかも知らないで、良く言えるね」

 

くっ、と、雲雀さんが皮肉めいた笑いをこぼした。

どんな思いをしているか、なんて、わからない。
雲雀さんは何も言わないし、表情にすら何も表さない。
俺が女の子とどんなに仲良くしているところを見たって、何か言うどころか、見ようとすらしないんだから。

 

「僕が君の目の前で女と一緒にいるところなんて、見せたことはなかったと思うんだけど」
「っ……今日は一緒に居たじゃないですか!」
「君が女の子と一緒にいた回数に比べたら、一回だけでなんだって言うの。」

 

雲雀さんに即答されて、言葉を詰まらせる。

 

「それと、君、勘違いしてるって言ったのは、僕とあの女はなんの関係もないってことだよ」
「でも、嬉しそうだったじゃないですか」

 

ぴく、と、雲雀さんが反応したのがつかまれた腕で感じた。
それは図星を指されたような、どうしてわかったのかと言うような戸惑いで。

 

「嬉しかったんでしょう?あの人と一緒で」
「…そういう事はわかるのに、なんでわからないのかな」

 

雲雀さんが何かを小さく呟いたけど、俺には聞こえなかった。

 

「飴を、買ったんだよ」

 

飴?

俺はきょとん、として雲雀さんを見た。
だけど後姿からじゃ、どんな顔をしてるのかわからなくて。

 

「君の好きな飴。あの女が働いてる店で。」

 

話が見えてこなくて、わからなくて。
困惑した目で雲雀さんを見ていた。
いつの間にか、さっき俺が雲雀さんを見つけたところまで来ていて、そこには雲雀さんの右腕の草壁さんが乗った車も待っていた。

 

「そうしたら、おまけだって言って他の種類の葡萄味の飴も渡しに来てくれた。それだけ。」

 

雲雀さんはそれしか言わなかったけれど、もしかして
嬉しそうに見えたのは、俺に渡す飴が増えたから?

 

俺が喜ぶと思って、嬉しそうにしてたの?

 

がちゃ、と、雲雀さんが車の後部座席のドアを開け、僕を中に放り込む。
シートに寝る形で押し込まれた俺が上体を起こした時には、雲雀さんも乗りこんでいて、ドアは閉められた。
雲雀さんが出して、と小さな声で言うと、草壁さんが頷いて車が走りだした。

体を支える為についた手に、何か丸いものが当たる。
見れば、シートの上には飴が一杯散らばっていて。

俺の好きな、葡萄味の飴

 

「どうでもいいなら、わざわざこんな所まで買い物に来ない」

 

雲雀さんの顔がにじんで、ちゃんと見えない。

手を伸ばして、雲雀さんの腕に触れる。

ぎゅうっとしがみついて、ごめんなさい、と、何度も何度も謝った。

 

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)

 

「大好きです、雲雀さん」

 

少しの間のあと、当然、と、雲雀さんが小さく呟いた。

 

 

 

 

 

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思い込みの激しいランボ